ウォルター夢(依理愛)
夢小説設定
この章の夢小説設定設定:学パロ(ウォルター高校生)。
主人公は普通の学生の女の子。
内容:ウォルター夢。
カレカノの間柄。甘々。乙女心たっぷり。
名前を変換しない場合『依理愛(いりあ)』になります。
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『ここはよく似てるんだ』って彼が言ってた。
何に似てるのかわからない。
全然、わからない。
教えてもらってないから。
知らない。
教えてくれないから。
聞いたってごまかすだけで。
小さなすべり台みたいなものがぽつんとあるだけで、淋しい光景だと思う。
そのすべり台だって本当に小さな子のためのもので、なめらかな斜面のついたおかしなオブジェといった感じで、高さだってそれほどない。
他には何もない。
そんなつまらない公園。
……夕日がきれいに見えるのがいいところかな。
そのすべり台にのぼると。
そのてっぺんから見る夕日はきれいで、確かに他じゃ見られないと思うけど。
そんなふうに他の公園みたいに遊具が少なかったり、きれいな花を咲かせる木がなかったりする、小さな淋しい公園だから人気がないんだよ。
だけど私の彼氏様はこの公園を気に入っている。
いくら花のきれいな公園に行こうって言っても『ダリぃ』とか言って行かないこともあるくせに、この公園は夕方に近くにいると必ず立ち寄る。
そしてこどもみたいにすべり台にのぼってそのてっぺんで夕日を見る。
ひとりぼんやりと空を見上げて。
私はその下で待って。
彼氏様……ウォルター……を見上げてじっと待って。
彼の気が済んで下りてくるのを声もかけられずにただ待って。
だって……なんか……。
近付けない。
触れてはいけないもののような気がして、私が割り込んじゃいけないようなそんな空気で。
赤い、赤い、真っ赤な色に空が染まる頃、彼はひとりその中にいて。
あんまりキレイで。
溶け込んでしまいそうで。
声をかけたらあっという間に消えてしまいそうで。
もし、振り返って、こっちを見たらその瞬間にふっと。
連れ去られるように、奪われるように、あの空に。
さよならの一言もなく。
黙って去っていってしまうような気がする。
ううん、ずっとそんな気がしてた。
なんでだろう、ここにいることに執着していないように見える。
それはどこにだって、どこにいたって、ずっとそうで。
わざと大事なものを持たないようにしてるように見えるんだ。
いつでもどこかに去っていくことができるように。
消えることができるように。
何とも深くかかわることを恐れて。
いざという時はあっさりと未練なく離れられるように。
その必要があるように。
いつもそんなふうに見えるんだ。
いくら一緒にいても……。
ウォルターはある日突然……。
ウォルター自身がそれを悟ってるっていうか覚悟してるように見える。
それで全然かまわないというような。
……そんなの嫌だよっ!
ダメだよ、嫌だよ、いけないよ……。
私は口をパクパクさせる。
本人がそうなんだもん、私もそのつもりでいなくちゃ、なんて……。
……違う、それじゃダメ。
そんなの絶対にダメなんだっ!
私が私にそれを許しちゃダメだ。
私はそんなの嫌なんだからっ!
「ウォルター!」
ウォルター自身がそう決めていても、私はまだ何も伝えていない。
私がどう思うのか何も言ってない。
私が嫌だって思うこととかウォルターは知らない。
言わなきゃ、伝えなきゃ。
たとえ振り向いてもらえなくても。
本当に振り向いてもらえない日が来る前に。
『消えちゃうかも』なんて思って勝手に怯えてないで。
遠くても、何度呼んでも、聞こえなくても。
勇気を振りしぼって。
この声を出して。
張り上げて。
「ウォルター!!」
こっちを向いて。
怖いよ。
重荷になる自信はないよ。
それでも。
私にとって大事な人になってるって伝えたいよ。
たとえば何かあった時、担ぎ上げて歩けるかって言われたら、それは無理だよ。
現実的に言って無理だと思う。
だけど『そうする』ってはっきりと言えるよ。
それはできる。
それって実はすごいことだし、大事なことだって、わかってる。
その逆だって必要だよね。
だけど私、たぶん『捨ててって』って言うだろうから、そしてあなたもそれは同じだって思うから。
お互い様だよ。
そういう関係もアリだと思うから、それじゃいけない?
友人みたいに励まし合うのは恋人同士とは言えないかな?
お互い必要とするならそれは、傍にいる理由にはならないかな!?
少なくとも私は消えないでほしいって思ってるもん。
傍にいてほしい人がここにもいるから。
勝手にどっかに行ってほしくない。
もしそうなっても、そう思ってた人がいるんだって、傷跡くらいにはなりたい。
それは私も痛いけど、嫌だけど、『なんでもなかった』なんて、そっちのが嫌だよ。
あっさり離れて、平気になって、いつか忘れて……そんなのは。
淋しくないけど、その分すごく空しいし、本当には淋しいことだ。
そう思ってるから……。
いまはまだ私が勝手に思ってるだけだから……。
それをあなたには知っていてもらいたいから……。
「ウォルターッ!!」
お願い、怖いけど、振り向いて。
安心させて。
そして……いつもみたいに笑って、そして……。
+++++
「依理愛?」
ウォルターがこっちを振り向いて私の名前を呼んだ。
きょとんとして。
それから、夕日の中で見えにくかったけど、たぶん笑った。
「なに、泣きそうな顔してんの、おまえ」
ううっ。
「だって……」
本気で消えるかと思ったんだもん。
言われて恥ずかしくて熱くなった頬を手のひらで隠す。
そんなことしなくてもオレンジ色の光でわからなかっただろうけど。
夕日に照らされて、何もかも暖かい色に包まれていて。
でも、キラリと光るものは別。
きっと気付かれたはず。
指でさりげなくそっと目の端をぬぐった。
「変なヤツー」
面白そうに、からかうように、ウォルターが笑って言う。
声だけじゃなく、大きく体を揺すっているからわかる。
二カッとした、いたずらっ子みたいな笑顔で。
こっちを向いて。
いつも通りだ。
おかしなくらい、いつも通り。
「変なヤツじゃないよー!」
遠いから、大きな声で返す。
遠いから……。
遠いから、なんだ。
もっと近くにいかなきゃ。
下で見てるんじゃダメなんだ。
私は心を決めてすべり台をのぼり始めた。
「おい、依理愛、ちょっ……のぼってくんの?」
ちょっと焦ったような彼氏様の声がするのは、前にふたりでのぼって狭かったから。
その時は『来てみろよ』ってウォルターが言ったからのぼった。
でも結局ふたりでいるには少し狭くって……くっつかないといけなくて。
そして夕日を黙って眺めるウォルターに、私はなんとなくつらくなって、『狭いよ』なんて言って降りたんだった。
狭いのが気に入らないと怒ったみたいなフリをして。
でも本当は、なんだか切なくて胸が苦しくて、傍に居辛くて。
それで下りたんだけど。
前のことがあったから、ウォルターは慌ててる。
たぶんまた私が怒り出すんじゃないかって、思って、手を前に突き出して止めようとする。
「やめとけって、狭いって。おまえ嫌がるだろ」
「くっつけば大丈夫だったじゃん」
「それが嫌なんじゃねぇの?」
「そんなことない」
きっぱりと言い切り、段をのぼりきり、てっぺんに到着。
少し詰めたウォルターの横に遠慮なくピッタリとくっついて座る。
膝を抱えて小さくなって。
温かい。
そろそろ寒くなってきた空気の中、片側だけが温かい。
このぬくもり。
確かにここにいるんだ……そう思う。
でも、なんか……違う。
これじゃない。
私はウォルターの後ろに回り、背中に抱きついた。
どさっと上から落ちるようにして。
前に腕を回して背中にはりつく。
「ばーっ!!」
意味のわからないことを言いながら。
ふざけて笑いながら。
驚かすように。
「おい、ちょっ……依理愛、危ないだろ!」
こっちを振り向いたウォルターが怒った顔で言う。
私は気にせずにウォルターをぎゅうっと抱きしめた。
本気で怒ってたわけじゃない証拠に、ウォルターの顔がすぐ困惑に変わる。
「なんだよ、突然……」
「……んー、なんとなく」
なんとなく、ね。
だから言ったりしないけど、ね。
その代わりに抱きしめる腕に力をこめる。
背中に頬をくっつけて。
これじゃ夕日は見られない。
……でも、それでいいんだ。
すぐ近くに真っ赤な髪がある。
私はウォルターの傍にいる。
「こうしてたい気分なの」
「……あのなぁ」
なんだかムズムズと体を動かしていたウォルターが、『はぁ』と諦めのため息のようなものを吐いて、ぽつりと言った。
「もう下りるぞ」
「え、でも、夕日……」
まだ落ちてないのに。
私は驚いて顔を上げる。
黄色っぽい目がこっちに向けられている。
鋭く細められていたそれは、なんだか妙に光って見えて。
ウォルターは乱暴に髪をかきあげ、怒ったみたいに口をとがらせて言う。
「あー、なんかっ、依理愛が重いから!」
「えっ」
「どーでもよくなっちまったっていうか……」
「ええっ、私、重い?」
「重い!!」
ううっ……。
そうかなとは思ってたけど、そんなにきっぱり言われちゃったら……。
たじろいで退こうとした私の手をウォルターがつかんで止める。
「重たいけど……ちょうどいい」
手の上に手が乗る。
それはギュッと握られて。
引っ張られて、私はまた背中にくっつく。
「なんかさ、軽すぎて……すごく……何もなさすぎるからさ」
背中で聴いた声。
「だから、依理愛がいたほうがさ……、俺にとっては依理愛くらいの重さがちょうどいいぜ。背負うにも、これくらいがさ」
やさしくおだやかに話す低い声。
「ウォルター……」
「……必要なんだ、依理愛、おまえが」
ぼそりとぶっきらぼうに吐き出された最後の言葉。
照れて真っ赤になっていることは顔を見なくてもわかる気がする。
いつも、いつもそうだから。
それでも肝心なことを言ってくれるから。
「ウォルター、ありがとう……」
あのね、私ね、話したいこといっぱいあるよ。
今は涙ぐんでてちょっと話せないけど。
ここを下りたら私の気持ち話すから。
だから……。
聞いて。
+++++
「私、どう強くなればいいのかな……」
帰り道、私はぽつんとつぶやく。
「はぁ?」
とたんに向けられた呆れた目。
ウォルターは口を大きく開けて、隣を歩く私を覗き込むように見て。
驚き呆れたという様子で、しばらく私を黙って凝視した後、本気なのを見てとると、もっと心底から呆れたといった顔になった。
『はぁ』と大きなため息まで吐いて見せてくれる。
そして怪訝そうに眉をひそめて訊ねる。
「いきなり何言ってんの、依理愛、おまえ……。強くなるって、まさか本気で空手習おうとかじゃないよな?」
「違うよーっ!! そういう意味じゃないから!! いや……ちょっとは関係してるかな……」
『うーん』と考えながら言うと、ウォルターが焦った様子で両手を前に出して勢いよくぶんぶんと横に振った。
「よせよせっ! 絶対にやめろ!! そんな必要ねぇし、危ねぇだろ、第一!! 女の子が怪我でもしたらどーすんだっ! っていうか、なんだよいきなり……依理愛、どうした?」
「……」
あああ、どうしたか訊くまでもなく、ウォルター的にそれはナシなのね。
怪我の心配までして、相変わらず心配性。
そんなに必死になって止めようとするなんて……。
っていうか、それが自分に向けられるとか変なこと、思ってないかなー。
ちょっと心配。
「どうしたかって言うとね……」
夕日が沈みかけて薄暗くなり始めた道をふたりでゆっくりと歩く。
さらに速度を緩めた私に、ウォルターも歩幅を合わせてくれる。
もちろん道路側をウォルターが歩いている。
私を守るようにして。
こういうところ本当に紳士的なんだよね……。
「私、不安になってばっかりなんだよね。ウォルターがいなくなっちゃうんじゃないかって、そればっか思ってて。もし私が強かったら……いなくなっても追いかけられるくらい強かったら、こんなに不安にならなくてすむのかなって……そう思って。それに……」
彼氏様の顔を見上げて、言えなくて、うつむく。
単純に強ければウォルターがそんなに心配しないですむから。
そうしたら重たく思われることがなくなるし。
そうも思うんだけど……。
たとえばチカンを楽々退治!
……とか。
それくらいの力があったら。
何かあった時に助けてもらうだけなんて嫌だ。
私もウォルターの力になれるくらい強ければな……。
本当は女の子に生まれたくなかったくらい。
男の子だったらよかったのにな。
その強さも、たくましさも、すごく憧れる。
ウォルターだって、たくましい体つきしてるし、頑丈だし、力もあるし……。
それに努力次第でもっと強くなれる。
そういうところがうらやましくて、自分もそうだったらいいな……って、思って。
守られるだけの女の子なんてつまらない。
そう思うんだ。
それは女の子だって強くなることはできるけど。
……だけど、女だから、強くなれるっていっても限界があるし。
精神を鍛えるために空手とか習うのは無駄じゃないと思うけど。
そういうことでもないんだよなぁ。
私はいろんな意味でウォルターを守れるくらいに強くなりたい。
私の気持ちを知って笑ったウォルターに。
なんでもないことみたいに『そんな心配いらない』と強く言い切って、私をからかうみたいにして、笑い事にしてしまったウォルターに。
それで安心してしまった私。
でも、それはウォルターの強さで、私の強さじゃない。
私は弱いから、ウォルターが傍にいなければ、また不安になってしまう。
強ければいいのに。
必要で、離れられなくて、それくらいに。
でも……。
「どういうふうに強くなればいいのかなって……」
「……」
……なんでだろう、ウォルターが半眼になって、物言いたげに私を見ている。
口を少しだけ開けて、でも何も言わずに。
足以外のすべてが止まっている。
「……どうしたの? ウォルター」
「……えっ? えっ、いやっ? いやいやっ」
ハッとして、引きつった笑みを浮かべて、ぶんぶんと首を横に振るウォルター。
そして、おそるおそるといった様子で、首を傾げて私に訊ねる。
「っていうか、依理愛、自分のこと弱いと思ってる……?」
拳だ。
鉄拳制裁だ。
握りしめた拳を彼氏様の目の前に持ち上げて見せる。
「ウォルター……」
私、女の子だよ!?
なんてこと言うの!
っていうかその反応!!
「許せないっ……」
「落ち着け!! 落ち着け、依理愛!! 悪かった、俺が悪かったからっ!! 冗談のつもりだったんだよ、ごめん!! この通り謝るからっ」
私は遠慮なく冷たい目を向ける。
人が真剣に悩んでるって時に冗談で返すか。
まったくもうっ、このまま殴っちゃおうかな。
でも何度も頭を下げてるし、やめてあげよう。
ぷるぷるする拳を無理やり下ろして私はウォルターを置いてさっさと歩き出す。
「なぁ、ちょっと待て、依理愛!」
慌てて追いかけてくるウォルター。
もう知らないっ。
後ろを見ずにずんずん大股で前に進む。
でもさすが男の足。
すぐにウォルターは追いついたけれど、遠慮してるのか、私の後ろをついてくる。
そして後ろから言う。
+++++
「いや、その……俺からすると、依理愛ってじゅうぶん強いっていうか……そんなこと思ってるってのが意外なほどなんだよ! 嘘じゃないぜ? だっていろいろあってもいつも前向いて歩いてるっていうかさ……」
言われたことに驚いてぱっと振り向くと、ウォルターが困惑げに鼻の頭を指でかいてる。
「なんか元気じゃん。何があってもさ。どんなことがあっても、最後には笑ってる。そういう生き方してるだろ。そういうところ」
真っ直ぐに言われて、ニッと笑いかけられて、かぁっと顔が熱くなる。
なんか照れる……。
私は口をとがらせて返した。
「何それ。そんなことないよ。私、そんなに脳天気じゃないよー!」
「いや、見てると案外そうだぜ。泣いたと思ってもすぐ笑ってるとかじゃねぇよ。そういうんじゃなくて……立ち直りが早いってか、度胸が据わってるってか、たくましいぜ、おまえって」
「そ……そう?」
そうかなー?
自分ではそんなつもりないけど。
結構、落ち込んだり、激しいほうだと思うけど。
「依理愛は芯が強いよな」
「……それって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
疑り深く問うと、『はいはい』というようにあっさりと軽くうなずいて返される。
……本気かなー?
首をひねりながら歩く私の隣にようやく並んでウォルターが続けて言う。
「そうそう、それに、俺のこと殴ったり蹴ったりしてじゅうぶん強……」
「ウォルター?」
ぱっと見ると、ウォルターがぱっと横を向く。
言葉の途中でやめて、遠くの方を見て黙りこむ。
その頬をたらりと冷や汗が流れるのを見つける。
……本気だね。
私はジロリと彼氏様をにらみつける。
もうっ!
「私は真剣に悩んでるのにっ!」
両手で拳を作ってウォルターに殴りかかる。
もちろん、フリで、軽く胸を叩くだけ。
ポカスカと。
ウォルターも笑いながら痛がってみせる。
面白そうに、それでも苦笑といったように、鼻の頭に皺を寄せて。
「痛いって! やめろよ、依理愛!!」
そんなことをしばらく続けていたら、突然ウォルターに抱き寄せられた。
背中に腕を回されぎゅっと胸に押しつけられる。
たくましい広い胸。
力強く抱きしめる腕。
「はっ、えっ……?」
急なことに動揺する。
真っ赤になった顔を上げてウォルターを見ると、真顔になっていたウォルターが後ろのほうに視線を向けて教えた。
「自転車」
ほとんど同時に、私の後ろを自転車が通り抜けていく。
すれすれを、ザァッと。
冷たい風が私の背中を叩きつけるように横切っていく。
……忘れてた。
広い歩道っていったって他の人も通るんだ。
それなのにはしゃいじゃって……うう、恥ずかしいよう。
反省。
「……ごめん。ありがとう、ウォルター」
ぱっと手を放して私を解放したウォルターに向けて頭を下げる。
「いや……」
ウォルターはなんだか困惑げにちょっとだけ笑ってゆるく首を振る。
たぶん、自分も悪いからとか、そんな理由で素直に受け取れないんだろうと思う。
眉をひそめて私を覗き込んで心配そうに訊ねてくる。
「大丈夫か?」
「うん」
にっこり笑ってうなずき返す。
……それにしても、危なかったな。
自転車はこっちにぶつかってくる勢いだった。
もっと早く気付いていたら道の両端に分かれて避けてたんだけど……。
気付く暇のない勢いだった。
とっさにウォルターが抱きしめてかばってくれたおかげで助かった。
……また、助けられちゃったな……。
自転車だったからよかったけど、すれすれで助かったけど、あれが車とかだったりしたら、今頃もしかしたら……。
そのとたん、パッと頭に浮かんだことがあった。
女の私にもできること。
たった一回だけできること。
私は戦うことはできない。
強くなんかない。
男みたいになれない。
そういうやり方でウォルターを守ることなんてできない。
だけど……。
大切な人をこの身でかばうことはできるんだ。
そう思ったらふっと楽になった。
そうだ、私だって、誰かをこの身でかばうことができるんだ。
心が軽くなり、自然と笑いが漏れる。
だるそうにガードレールにもたれていたウォルターがギョッとする。
「……なに笑ってんの、依理愛? どうした?」
「んー、別にー?」
怪訝そうに問われてぶんぶんと首を横に振る。
ニヤけたままで。
ウォルターの顔に浮かんだ笑みが引きつる。
「……今日、変だぜ? 依理愛、おまえ。なんか……」
「そう? えへへ、なんでもないよーっ! さっきのウォルターかっこよかったなーってちょっと思っただけ」
「へえ……」
瞬間、うつむいたウォルターの、頬がちょっと赤い。
ほんの少しだけ口元をゆるめて照れ笑いのようなものを浮かべ、次にはそれを無理にぎゅっと結んでウォルターは顔を引き締めた。
そして、まるで怒ったみたいにムスッとして、私のほうに手を出した。
「……まあ、いいけどさ。行くか? ほら」
なんでもないみたいに差し出される手。
同じくらいなんでもなさを装ってつないだ。
引っ張るためだったように急に駆け出す彼氏様。
「ちょっ、ウォルター!」
「依理愛、早く行くぞ!」
こっちに向けられた顔はいたずらっコのようにやんちゃな笑顔で。
うれしそうで、はずんだ声で。
薄暗くなってきた道を一緒に走りながら、灯り始めた白い街灯の明かりに彼の揺れる赤い髪がきれいに輝いて、それを見つめて。
こどもみたいに元気に走る後ろ姿に、やっぱり、もしもの時は……と思った。
ウォルターを守りたい。
たった一度だけ、願いを叶えて、神様。
(おしまい)