ウォルター夢(依理愛)
夢小説設定
この章の夢小説設定設定:学パロ(ウォルター高校生)。
主人公は普通の学生の女の子。
内容:ウォルター夢。
カレカノの間柄。甘々。乙女心たっぷり。
名前を変換しない場合『依理愛(いりあ)』になります。
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「依理愛ー……好きだ」
私の背中にベッタリとはりついた彼氏様が言う。
「んー……」
私は口を開かずにうなるみたいにして返す。
冷たいって?
だって……
「依理愛ー……大好き」
「んー」
ボウルにクリーム状にしたバターに砂糖を入れて混ぜたものに卵を割って入れて泡立て器でよく混ぜ合わせる。
そこにバニラエッセンス……と。
あと、少しハチミツを入れると、いかにも家庭で作ったっぽい味になるのだ。
クッキーは。
それらを取りに動くと背中にくっついたままのウォルターがずるずると引きずられてついてくる。
両腕が肩にかかっているので重たい。
「依理愛ー……」
「はいはい」
『好き』はもうわかったよ。
クッキーを作り始めてからいきなり背中にしがみついてきて『好き』の連発。
いくら家に他に誰もいないからって……。
おいおいだぞ。
「甘い匂い……」
あ、違った。
「今、バニラエッセンス入れたから……」
後ろを振り向くけど、赤い髪しか見えない。
その赤い頭に向かって言う。
「確かに匂いは甘いけど、これ自体はすごく苦いよ」
「ホント?」
首を傾げるようにして顔を上げたウォルターの黄色っぽい目が見開かれてきょとんとして私を見る。
私は手に持ってたバニラエッセンスを差し出した。
「ホント。なめてみる?」
「んー……」
少し身を離したウォルターが、じっと小瓶を見た後、ゆっくりと首を横に振る。
「いいや。今はこうしてたい気分」
そうしてまた今度は片手を私の腰に回してさらに密着してくる。
……うーん。
なめたら絶対に飛び上がって驚いてその苦さに水を飲もうとして離れてくれるはずだったんだけどな。
意地悪な気持ちがちょこっとあった。
っていうか。
別に嫌じゃないけど、抱きつかれるのはうれしいくらいだけど……ちょっと恥ずかしいけど……でも、お菓子作ってる最中にしがみつかれているのは動きにくいことこの上ないっていうか。
はっきり言って邪魔。
そんなことかまわないといったようにウォルターは私の髪に顔をうずめて『んー』とかやってる。
もうっ、『なんか作って』って言ったのウォルターなのにな。
困ったな。
「甘えんぼ」
「……うん」
せいいっぱい首をねじって顔を見て言うと、二マリとした笑みを浮かべてうなずかれる。
……う、うーん……。
自覚アリか。
私は泡立て器を木ベラに変えて、ボウルの中にあらかじめ計って用意しておいた小麦粉を投入した。
後はさっくり混ぜて……っと。
「なぁ、依理愛ー……」
「んー?」
「……好きだぜ」
「ん……」
……まぁ、いいんだけど。
腰に回された手がだんだんと上に来ている気がする。
さっきから目つきがあやしい。
っていうか、なんでしっかりと人の顔を見ようとしないかな。
顔合わせらんないのかな。
恥ずかしいとか?
うーん……。
……っていうか、なんか様子をうかがわれているような……?
広げたラップの上に生地を乗せてその上にもラップをかけて麺棒で伸ばし、薄く平たくして、冷蔵庫に入れた。
「30分後に型抜きするから、一緒にしようねっ」
振り返ってはしゃいで言うと、スッと細められた目が、いたずらっこのように笑う時の細められた目が、いつもとは違う甘い輝きを持って私を見つめてくる。
「依理愛……」
ゆっくりと身を離したウォルターが私の頬に手を当ててくる。
「なんか甘い匂いがする……」
頬に当たる手がゆっくりとすべる。
「さっきのバニラエッセンス、ついたんじゃねぇ?」
クスッと笑って、だんだんとその顔を近付けてくる。
長い赤い前髪のすきまからのぞく目は閉じられて。
少し開かれた唇が近くに……。
耳に、息が。
「甘いかどうか、確かめてやるよ」
ささやいて、頬に唇をつけてきた。
熱を持った濡れた舌がペロリとくすぐるように頬をなめて。
私は……。
思い切りウォルターの足を踏んだ。
「いって!!」
……だから、苦いんだってば。
「なんでーっ!? 依理愛ーっ!!」
だだっこが泣きわめくみたいにして騒ぐウォルターを放って私は台所から離れる。
ぷんぷんだ。
私はねー、私はねー。
ウォルターが食べたいっていうから作ってたんだよ。
なんか踏みにじられた気分。
私の気持ちをね。
まったくっ。
ソファーに座ってクッションを抱きしめる。
もう知りませーんっ。
慌てて追いかけてきて横に立つ彼氏様からプイッと顔を背ける。
寸前にウォルターの申し訳なさそうな顔は目に入っていた。
「あの、依理愛……俺、本当におまえのことが好きで……俺のためにクッキー作ってくれるってのがうれしくってつい……」
「……」
「ちょ、調子に乗りました、ごめんなさい!!」
「……」
ぷーい。
反対側に回るウォルターにまた反対側に顔を向ける。
絶対に顔を合わさないもん。
だって多分今顔赤いし。
恥ずかしかったんだから。
おろおろとして右に左に回ってウォルターが言う。
「好き!! ホントに好き!! やらしい気持ちとかないから!! いやっ……ちょっとはっ……でもっ! それだけじゃねぇし!! ホントにホントに大好きだから!!」
私は正面を向いてクッションに顔をうずめる。
……そういえば。
出会った頃を思い出すなぁ。
+++++
一緒に遊んでた友達がちょっと用事ができたからって、私は公園で待つことになって。
友達が戻るまでに少し時間がかかるから、ベンチにでも座ってようかと思ったら、ベンチはひとつしかなくて、先客がいて。
でも疲れてたし、3人くらい座れるベンチで、その人は端っこに座ってたから、わたしも一人分の間を空けて、そのベンチに座った。
自然と隣に目が行く。
うわー……キレイな髪だなぁ……。
公園に入った時から目に入ってたんだけど、真っ赤な髪の毛で、さらさらしてて、つやつやしてて。
片耳だけに十字架のピアスして、だるそうに両腕をベンチにかけて、顔を上に向けて『あー』って口を開けてて。
長い前髪で目は見えなかったけど、形の良い鼻は高くて、唇もキレイな形をしてて。
かなりかっこよかった。
……ちょっと怖そうだったけど。
「……」
私が座った時も反応はなし。
このまま黙ってるのもなぁ。
……なんて思ってたら、ボソッと、思わず漏れたというように、隣から『ダリぃ……』っていうつぶやきが聞こえて。
当たり前だけど、しゃべるんだなぁ、なんて思って。
なんとなくホッとして話しかけた。
「キレイな髪の毛ですね」
「……あ?」
初めて私に気付いたというように、はじかれたように上向けていた顔をこちらに向けたその人の、前髪のすきまから覗く目は嫌そうに細められていて、話しかけたのは失敗だったか……と私はちょっと怯んで、それでも言葉を続けた。
「そこまでの色にするの、大変でしょう? でもちっとも傷んでないみたいだから……」
「……あー、コレ、地毛だから」
「えっ、すごい」
つい言っちゃうと、ギロリとにらまれて。
「……すごい?」
「ハ、ハイ……」
私は様子をうかがいながら……ここでやめるとかえって失礼になるから……言った。
「すごい、キレイだから」
「……」
その人が目を伏せて……目の下のくまのせいか暗い顔に見えた……前髪を指でいじり出して。
肩を落として、唇を噛んで、黙り込んでしまったから。
私はあえて明るい口調で言った。
「あっ、でも、かくれんぼの時にすぐ見つかっちゃいますね! 目立つから」
ゆっくりと髪をいじる手を下ろし、その人は小さな笑みに口元をゆるめた。
「……いや、帽子かぶれば案外……っていうか、もうそんな年齢(とし)でもないから」
あっ。
私は自分がこどもっぽいことを言ったことに気付いて真っ赤になった。
そうだよ、なに言ってんの、このトシでかくれんぼなんて。
うわぁ~……。
「ごっ、ごめんなさい!!」
恥ずかしくて謝ると、その人は初めてしっかりと私の方を見た。
二カッとこどものような笑みを見せて。
「なんで謝んの? 変なヤツ」
それがすごくステキな笑顔で。
私はさらに顔が熱くなるのを感じた。
そして、自分でも自分が変なヤツだと思って笑った。
……ホントに、急に声かけて、変なこと言って、今日の私は変なヤツだな……って。
「この辺に住んでんの?」
人見知りっぽく見えたんだけど、急に打ち解けた様子で、興味津々といったように身を乗り出して訊ねてくる。
私もその人懐っこい笑みに誘われて笑顔で話す。
「はい。近くでもないんだけど、この街です。今日は友達と一緒に遊びに来たの」
「じゃ、また会えるかもな。敬語やめていいぜ。なんかくすぐったい。……ところでさ、遊びにって、まさか『かくれんぼ』じゃねぇよな?」
「やだっ、違うー!」
この人、おかしい。面白い。
それに話しやすい。
ふたりして笑って。
話してるうちにだんだん距離は縮まって。
ベンチでくっついて座ってふたりして馬鹿みたいな話して盛り上がって。
しばらくして。
「おまえ、名前は? 下の名前」
「依理愛」
「依理愛……ね。俺はウォルター」
「ウォルター……?」
「ウォルターでいいぜ」
前髪をかき上げながらフッとかっこつけて笑ってみせるから私はまた笑って。
そうしたら公園の入り口の方から私を呼ぶ友達の声がして。
「……呼んでるぞ?」
親指で入り口の方を指差してウォルターが言って。
でも私は動く気になれなくて。
だって……。
「……ねぇ、ひとりで置いてかれるのって、淋しくない?」
大丈夫?
嫌じゃない?
悲しくならないかな?
すると、ウォルターはちょっと驚いたように目を見開いて、私を見つめて、それからふっとうつむいて、小さく笑ったんだ。
それはとても淋しげで、悲しげで、切なくて。
「あ……」
何か言おうと思ったけど、何も言えなくて。
「……」
ふたりの間に流れる沈黙。
それを押し流すような友達の私を呼ぶ大きな声。
行かなきゃ。
行かなきゃいけないのに、私、何を言ったんだろう。
どうせ置いていくのに。
……でも、なんか……。
どうしてもその時は、行きたくなかった。
その場を離れたくなかった。
「行けよ」
友達とウォルターを交互に見ておろおろする私に、顔を上げたウォルターがニッと笑って言う。
「俺も友達待ってるから、大丈夫。依理愛。気にしないで行っていいぜ」
「……う、うん! じゃあね!!」
パシッ。
立ち上がって走り出そうとした私の手首をつかむ手。
見ると、ウォルターがベンチから立って、私の手首をとらえている。
「あー……」
なんだか照れ臭そうにして、顔を赤くしてなにやらうめいた後、ウォルターはまるで怒るみたいにして言った。
「あの、メルアド!! なら、メルアド置いてけ!! 住所とか訊かねぇから!! なっ、いいだろ、依理愛? それくらいなら」
再度『メルアド』と言ってケータイをごそごそとポケットから取り出す。
私も慌ててケータイを取り出した。
急かされて番号まで交換して、『気をつけろよ』と親みたいに注意されて、その日は別れた。
あー……あれが始まりだったなぁ……。
+++++
雨の降る日だった。
それまでにも何度かウォルターとは街中で会って話をして……メールも最初の日に『無事に帰れたか』って来ただけで、その時に返事と、その後に2、3メールのやりとりをしただけで、電話もかかってこなかったけど、何故か街中ではよく会えた……偶然会っておしゃべりして、そのまま遊びに行ったり買い物に付き合ったり食事に行ったりして、そうしているうちにだんだんともっと仲良くなって。
そして、雨の日に、傘をさして前を歩く人がウォルターだと気付いて。
私は小走りで駆け寄って、後ろから声をかけた。
「ウォルター!!」
ドキドキ。
ゆっくりと振り向いたのは、やっぱりウォルターで。
きょとんと大きく見開かれた目、赤い髪に、片耳に銀色の十字架のピアス。
私は胸の内に少しだけ軽くなった部分があって、少しだけ息苦しさがなくなって、ホッと小さく息を吐いた。
……ああ、よかった、人違いじゃなくって。
でも、さらにドクンドクンと心がはねて大きな音を立てるのを感じていた。
息苦しさも残っていて。
声を出すのをちょっとためらった。
……私の声、変じゃないかなって。
走ったせいじゃなくて、顔が熱くなるのがわかる。
ためらっているうちに、ウォルターの見開かれていた目がふっと笑みの形に細められ、ニッと笑いかけられた。
「よぉ、依理愛じゃん。……びっくりした。……なに? 偶然?」
「う、うん……」
なんとか声は普通っぽく出せた。
前髪を触って直すフリをしてその間に気持ちを落ち着けようとする。
……偶然。
そうだよ。
偶然で、会いたいなって思ってる時に会えたから、こんなにもドキドキしてるんだ、私。
……そんなの無理だろうなって思ってたから。
でも、会えたらなって最近はしょっちゅう思ってたから、目で探してたのもホント。
そのわりに心の準備はできてなくて。
どうしよう、どうしよう……って。
心臓バクバクしてるんだよ。
出会ってから来るのは『無事に家に着いたか』の確認メールくらいで、『会おう』とかそういうメールが来ることはなかったから。
たまに街で会えたら楽しく過ごしてるけど、会えなくなっちゃったらそれまでだし。
この前に会った時からずいぶん経っちゃってたし。
だからといって。
……やさしいメールばっかりだったから、勘違いしちゃいけないなと思って……。
多分、誰にでもこうして気を遣って、心配してあげてるんだよね。
……ということは、私は特別じゃないってことで、私から連絡するのはなんていうか、うるさく思われそうだなーって……。
ウザいなって思われたりとか……。
それで会えたら話せる今の関係もなくなっちゃいそうだなって思って……。
それが怖くって。
偶然、だけど、目で探してた。
思えばこの時にはもう好きになってた。
だって……。
「あれ? 依理愛、よく俺だってわかったな。傘さしてたのに」
「なんとなーく、ね……」
……好きになって顔が恥ずかしくて見れなくなってからは下のほうばっか見てたから。
うつむいて顔を上げられなかった時は足元ばかり見てたの。
……だから歩き方とか……なんとなく、なんとなーくだけど、覚えちゃった。
「ふーん……」
わかったような、わからないような、あいまいな返事をして、笑顔を消して不可解そうな顔をしていたウォルターは、『まぁいいや』と笑って、指である一方こうを差した。
「俺、こっち。おまえは? 依理愛」
「あ、私もそっち……。駅のほう」
『っていうか、駅!』と慌てて付け足す。
きょとんとしたウォルターの、眉が微かに寄せられた。
「……急ぎ?」
「えっ? でも、ないんだけど……結構のんびりだよ」
恥ずかしくて焦って言っちゃっただけ。
待ち合わせとかじゃなくて、私ひとりの用事だし。
ウォルターが小さくプッとふき出して、クックッと低く笑って肩を揺らした。
「『結構のんびり』って……心配だな。ちゃんと電車乗れるのか? 大丈夫かよ。時間調べてやろうか?」
「あっ……いい! いい!! 大丈夫……」
笑いながらごそごそとポケットからケータイを取り出そうとするウォルターを慌てて止める。
……もっと一緒にいたいのに。
早く乗れる電車の時間なんてどうでもいい。
っていうか、ウォルターに会えた時点で予定なんかどうでもよくなってしまっていた。
……それなのに、世話好きなのか、余計な気を回してくれる。
もどかしい思い。
傘も邪魔。
ウォルターの持ってる傘も邪魔だし、私の持ってる傘も邪魔。
ふたりの間を隔てるこの傘。
そして雨。
なんかいかにも距離がありますって、思い知らされているような……。
意地悪されてるような気になる。
もやもやして……。
まだなんだかうれしそうに笑って『遠慮すんなよ』なんて言ってるウォルターの耳元に口を近付けて言ってやりたい気分。
あなたと一緒にいたいんだよー!
……なんて。
なんだろう、この喉になんか詰まったみたいな、変なカンジ。
言いたいことが言えない。
だけどこのままじゃ……。
途中まで一緒に歩けても、別れるところに来たら、きっと『バイバイ』で終わり……。
何も変わらない。変わらないんだ。
そして次にいつ会えるかはわからない。
ううん、もう会えないかも。
そんなの……。
……えいっ、いいや、言っちゃえ!
+++++
「ねぇ、じゃあ、駅まで送ってって」
ウォルターがちょっときょとんとした。
ポケットをごそごそするのをやめて、少し見開かれた目が、じっと私を見る。
その目が、何か考えているふうにゆっくりと私から逸らされ、上を見る。
「……ああ……まあ、いいけど」
照れたように少し笑って、ぽりぽりと鼻の頭をかく。
「特に用事もねぇし……」
ちょっと不思議そうなのは、まだ遅い時間でもないし、にぎやかな街中だから危なくもないし、なんで? ……ってところかな。
もうっ、わかってよー……なんて。
……でも、ウォルターの顔が少し赤い。
「じゃあ、行くか」
二カッと笑って言って歩き出そうとするのを私は慌てて袖をつかんで止めた。
「依理愛?」
訝しげな顔で振り返るウォルターに、私は袖を放し、ありったけの勇気をかき集めて、ウォルターの持つ傘を指差し、思っていたことを口に出した。
「あのっ……それでね、それで……できればそっちの傘に入れてほしいの」
「え……」
ウォルターが驚いて呆然としている間に私は自分の傘を閉じてしまう。
冷たい雨が体に当たる。
……もうここまできちゃったらしょうがない。
私は真っ赤になってうつむいて早口で言った。
「だってほら、歩くのに邪魔になるし。並んで歩くのに傘ふたつとかって幅取るし、周りの人の迷惑でしょ? それに遠いと話しにくいしっ……一緒に歩くのに前と後ろってなんか変だしっ……えっと、とにかくっ、なんていうか……なんとなく、ね」
声はだんだんと小さくなってしまう。
「なんとなく、ね……」
へえ、と面白がるような声を出して、うなずくウォルター。
納得したような、してないような?
お願いだから傘に入れて。
雨に濡れちゃう。
断られたらこのまま濡れて帰ろうかな。
だって……恥ずかしいし、悲しいし。
どうしたらいいかわからないよう……。
そんなことになったら。
せっかく出した勇気が、見せた心が、なくなって、消えてしまいそう。
死んじゃいそう……。
言わなきゃよかったかな。
でも、だって、そうしたら。
またただのさよなら……。
でもそのほうがマシだったかも。
これで断られたら、私、終わりのような……。
そう思って後悔し始めた時。
ウォルターがぐいと私の肩をつかんで引っ張った。
「何してんの、依理愛。おまえ……濡れるだろ。入るなら早く入れよ」
ちょっとイラついたような声。
ぐいぐいと肩を引き寄せて私を隣に置く。
わ……距離が近い。
当たり前だけど、体がくっついてる。
ひーっ、恥ずかしい。
意味もなくわめきたい。
わあわあわあって。
近いよーっ。
すごく押し退けたい衝動にかられる。
変なの。
しないけど……。
できるだけ体を小さくして隣におさまる。
男物の傘は大きいけど、ふたりで入るのはキツい。
ウォルターが濡れちゃう。
それに、私と相合傘って、嫌じゃないのかな……。
いいのかな、本当に、大丈夫かな。
「……いいの?」
少しだけ目を上げておそるおそる訊ねると、ウォルターが呆れ顔になった。
「『いいの?』って……依理愛、俺のこと鬼か何かだと思ってる? いいも悪いも別に……。ってか、依理愛の言う通りだし。ほら、ふたりで傘持って並んで歩くと邪魔……っての。そうだろ。だから俺も……なんとなく。まぁ、いいぜ、別に」
「そっか」
体から力が抜けるのを感じた。
ふう……って。
ひとつの傘に入りたい理由、話ししにくいからだって思われて。
それも本当なんだけど。
一緒にいたいと思ってることがバレなくて、ちょっとホッとした。
ホッとしてしまった。
よかった、なんて。
やっぱり……。
仲の良い友達でいれば会えるもんね。
……って、考える、私はズルいんだろうな。
恋してるとかって思われたら一緒にいられなくなっちゃいそうだし。
付き合うか、合わないかで、付き合わないならバイバイになる。
ううん、付き合っても、いつかバイバイになる日が来るかもしれない。
だから。
隣を歩けるだけで今は大満足。
……ということにしておこう。
「行くか」
「うん」
ふたりして歩き出す。
肩を寄せ合って。
歩幅を合わせて。
うれしい。
すごく恥ずかしいけど。
これを許してもらえるなら、メール送っても大丈夫かなぁ、なんて思ったりして。
気持ちを知られなくってよかった……。
……って、思ってたのに。
+++++
ふたりで駅に向かって歩く間。
私は言葉が出なくって。
楽しく話して歩くつもりだったのに。
そのつもりだったのに。
ウォルターの方も黙りこくっていて。
ふたりでずっと黙ったまま並んで歩いて。
黒い傘は大きかったけど、それでもふたりで入るから狭くて、寄り添って、腕とか触れるからドキドキして。
何も言えない。
気まずい……。
私こんな性格じゃないのにな、なんて……。
こんなことで恥ずかしがって何も言えなくなるような女の子じゃないのに。
……と、思うのに。
でも、何か言おうと思っても、頭の中真っ白になったみたいに、何も言葉が出て来ない、見つからない。
どうしたんだろ。
どうしたらいいんだろう……。
そんな時、隣を歩くウォルターがぽつりと言った。
「なんとなーく、な……」
思わず漏れたみたいなつぶやきに、私は『えっ?』とびっくりして顔を上げてウォルターを見た。
真っ黒い雲が広がる空を、にらみつけるみたいにして見上げて、怒ったようにムスッとして、今度はハッキリと言った。
「なんとなーく……だけど、依理愛、俺、おまえのこと好きかも」
「ええっ?」
いきなり、なに……?
好き、って……私、を?
……でも、『なんとなく』……なんだよね。
うーん、なんとなくじゃあ、ダメかな……。
さっと顔をうつむけて、目を伏せて、濡れてあちこちのライトによって表面が光る地面をじっと見つめる。
淋しい気持ちで。
だって、『なんとなく』じゃあさ、友達の『好き』だよね。
私の『好き』とは違うもん。
……それでいいはずなのに、言われてうれしいはずなのに、別れが来ないほうがいいから『友達の好き』がいいはずなのに、言われちゃったらなんか悲しいよ……。
胸が苦しい。
嫌な感じ。
ぐるぐるして、ごちゃごちゃで、汚くて、みっともなくて、みじめ。
なんだかボロボロ。
でも、えいっ、しょうがない!
私は顔を上げてせいいっぱいの笑顔を見せた。
「私も、なんとなーくウォルターのこと好きかな」
「えっ」
ウォルターが私の方を見て目をパチパチする。
驚きすぎてどんな顔していいかわからないってふうに気の抜けた顔をして。
じーっと真ん丸く見開いた目で私の顔を穴の開くほど見る。
……そんな見られても……。
私は笑顔を消してそっぽを向いてムスッと唇をとがらせた。
……好きって言っちゃった。
なんとなくをつけたけど。
きっと、多分これは、友達宣言みたいなもので……。
お互いに。
ハッキリしちゃったわけで。
悔しいけど、悲しいけど、でもしょうがない。
それがいいって思って安堵したのもホントだけど!!
少し、期待してたのかな……がっかり、した。
欲張りだなぁ、我ながら。
「えっと、依理愛……」
声に振り向く。
ウォルターが足を止めて、私もつられて立ち止まって。
きょとんとしていたウォルターが、今度はなんだかあたふたしてる。
赤い前髪の間からのぞく目をいっぱいに見開いて、眉をはね上げていて、閉め忘れたようにぽっかり口を開けたままで、ちょっと興奮した様子で、ただでさえ近い距離を縮めてくる。
傘を持っていないほうの手が私の肩をつかんで。
そして私を真っ直ぐに見つめて言う。
「あのさ、じゃ、依理愛……『なんとなーく』じゃなくてもいい?」
怖いくらい真剣に、強い口調で言う。
低くて気持ちのいい声が耳に響く。
「なんとなくとかじゃなくて……おまえが好き、でもいいか? 俺、依理愛のこと好きでもいいの?」
「えっ……」
……一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
空白。
……今、なんて言ったの?
好き、って言った?
なんとなくじゃなくて私のことが好き……?
ああ、心臓の音がうるさい。
「えっ、えっ……なに……?」
「だから、おまえが好きなんだって。依理愛、俺と付き合わない? ダメ?」
「ちょっと……待って」
気づけばすぐそばにある顔。
真顔で迫ってくる相手を手で遮って赤くなった顔を背ける。
……ダメだ、よく考えられないよ。
まずは落ち着かなきゃ……。
息が止まったみたいになっちゃってる。
ゆっくりと深呼吸する。
急に耳に戻ってきた雨音に、ああ、雨降ってたんだなぁ……なんて思う。
雨で辺りは灰色に沈んでいるのに、車やお店の看板や商品や街路樹や通り過ぎる人々の傘の色なんかがやけに鮮やかで。
世界がまったく違って見える。
じんわりと空気の冷たさや、つかまれた肩の手の熱さを感じて。
意識して。
雨の匂いと近くのお弁当屋さんの匂いとあと……なんかいい匂い。
あったかい感じ。
ああ、ウォルターだ。
傍にいるんだ。
好き、って言われたんだ。
好きだ、って。
どうしよう……!?
+++++
「……本気?」
おずおずと訊ねると、真顔でうなずく。
「こんな冗談言えないぜ? 依理愛、好き。大好き。ホントに好き!!」
ええっ……でもなぁ……からかわれてるのかも。
『冗談』って口から出た言葉に、そうなんじゃないかって思えてきてしまう。
好きだって言われる自信ない。
私は上目遣いにウォルターを見上げる。
「えー……」
疑いのまなざし。
だって、もうウォルターがいたずら好きだってことを知ってるもんね。
私の反応を見て遊んでるんじゃないかって。
でも、ウォルターは真面目な顔をしていて……っていうか、ちょっと怒ったみたいに口をぐっとへの字に結んで、ぎゅっときつく眉根を寄せて、うかがうみたいに目を細くして私のことをじっと見ていて。
心配そうっていうか、不安そうっていうか。
肩から手を外して小さくなっている。
ああ……冗談じゃないんだなって。
たとえばこれがいたずらや何かの罰ゲームだったとしても、YESって言ってほしいんだなって思った。
「……うん」
さっき言ったのとは別の意味で。
「私もウォルターのことが好き」
認めましょう!
友達の『好き』じゃなくって。
特別になりたい『好き』だよ。
「そのっ、そういう意味で……」
黙って私の言葉を待っている相手に。
「……付き合うとかいう意味で……」
ウォルターがパッと顔を輝かせ、ニッとこどものように喜びを隠さずに顔に出して笑った。
それは少し恥ずかしそうで。
でも、とてもうれしそうで。
「よしっ! じゃあ、俺と付き合おう、依理愛。いいよな? 今日から恋人同士。なっ?」
胸を反らして、得意げに笑って、『よろしく』なんて言う。
「……う、うん、そうする。……えっと、よろしくお願いします……」
ためらいながら、口をとがらせて、なんとかそう返す。
うわぁ、恥ずかしいよぅ……。
お互い顔を赤くして。
もじもじしていると、ウォルターが赤い前髪のすきまから覗く目をまぶしそうに細めて、今度は冗談ぽく笑って言う。
「依理愛、好き」
「はっ、恥ずかしいから言わないでよ!」
怒ったフリをして言うと、真っ赤になってるくせに、平気そうな澄まし顔を作って、また『大好きだぜ』なんて言う。
……もうっ、今度こそ本当にからかってるっ。
ムスッとして『駅!!』って急かして、そこからは妙に話がはずんで。
って言っても、それまでの話とはまったく関係のない日常のちょっとしたことをネタにして話して、はしゃいで、笑いながら歩いて。
駅でさよならして。
……でもちゃんとその後はメールと電話のやりとりをして、たまに会って。
偶然に会ったんじゃない、約束をしてデートして、いろいろとあって。
……今にいたる。
友達なら別れがないから安心だと思ってた。
だからその方がいいって。
だけど、恋人になっても努力次第なんだよね、別れが来るかどうかって。
だから……。
だから、まぁいいやと、思ったんだった。
あの時。
+++++
私は抱いていたクッションを横に置いて、よいしょとソファーからゆっくり腰を上げた。
さんざんわめいて……さっきまで『好きだ』を繰り返していて……疲れた様子でぐったりとソファーの背にしがみついていたウォルターが『?』と顔を上げる。
その暗い色をした目を見つめる。
なんか、希望を失くしたみたいな、捨てられた子犬のようなっていうか、悲しげな瞳。
目の下のくまのせいもあって相当暗く見える。
どんよりとしてる。
死んだみたいな目だ……。
そんな目しなくたって。
訴えるように私を見上げてくるのに、ちょっと笑って、言った。
「時間。……まだちょっと早いけど、クッキーの型抜きして、焼くの」
「ああ」
だらんとしていた腕に力をこめてソファーを杖替わりにしてウォルターが立ち上がる。
そして台所に向かう私の後をついてくる。
「……ってか、怒ってねぇの? もう機嫌直ったとか?」
「うん? 怒ってるよー」
怒ってますとも。
でもね。
本当には怒りきれないんだな。
……やっぱり私も……好きだから。
後ろからスッと腕がのびてくる。
前にまわって、片方の腕は首のまわりに、もう片方は胸の上あたりに、そして強い力でゆっくりと後ろに引き寄せられる。
トン、と胸に頭がついた。
それでも力を抜いて、ためらい勝ちに、きゅっ……と抱きしめられる。
なんだか切ない抱き方。
私が抜け出そうと思えばすぐに抜け出せる力のなさ。
頭の上にウォルターの頭があって、声が降ってくる。
「依理愛ー……。なぁ、許してくれよ。……ちょっと、甘えたかったりして。ごめんな」
「むー……」
「ご、ごめんなさい!!」
「うるさいってば」
耳元でわめかれてつい不機嫌にそう返す。
……そう言われても、もう許しちゃってるもん。
でも、口をとがらせて、ムスッとしたフリを続けて言う。
「……ウォルターがクッキーの型抜きを手伝ってくれたら」
許す。
「ホント?」
打って変わって陽気なはずんだ声に、ホントは反省してないなって思う。
……でも、まぁ、いいか。
ずっとケンカになっちゃうの私も嫌だし。
「ホントホント。丁寧にやってね。あと素早くしないと生地がくっつくからー……」
考え込むような沈黙がした後、ぼそっと『ダリぃ』とつぶやくのが聞こえる。
こら。
「そろそろ離して」
でも、逆にまわされている腕の位置がお腹のあたりに下がって、今度はぎゅっと力をこめて抱きしめられる。
……こらこら。
肩の上に、ウォルターの顔が、私の顔のすぐ横に、すぐ近くに。
耳元に形のいい唇が近付いて、そっとささやいてくる。
低くて気持ちのいい声。
「……好きだ、依理愛」
「うん、私も……好きだよ、ウォルター」
今度はおとなしく抱きしめられてあげよう。
クッキーを冷やすのにはあと数分残ってるもん。
……でも、ハートの型抜きは、使わないようにしようっと。
だって甘すぎるから。
(おわり)