ハロウィンの話
「アンディ、いるんだろー?」
ウォルターはノックもせずにいきなり部屋の扉を開け、中に踏み込みながら言う。
「トリック・オア・トリート!」
言ってニマニマとする。
どうせアンディがお菓子を持っているはずがないのだ。
ベッドの上で、きょとんと大きく目を見開いてウォルターを見ていたアンディが、側に置いてあった『何か』を持って、トコトコとウォルターのところに来る。
「はい、コレ」
差し出した手にポトンと落とされたのは、激マズキャンディの箱。
「コレって……」
ウォルターは呆然としてじっとそれを凝視する。
持っていたことも驚きだが、よりにもよってコレ……。
アンディがほうっと安堵のものらしいため息を吐く。
「ジョゼフに押しつけられたんだよね。ボクはいらないからウォルターもらってよ。あと、コレも一応お菓子だから、いたずらは無しね。じゃあ、早く部屋出てってよ」
素っ気なく言ってベッドに戻ろうとするアンディの肩を、ぐいっとウォルターはつかんで引き寄せる。
「おい、アンディ。ちょっと『トリック・オア・トリート』って言ってみ?」
「え、なんで……」
「い・い・か・ら!」
疑問を浮かべる顔にずずいと真顔を近付けて強く言う。すると、その迫力にか……ウォルター自身は気付かないもののかなり必死の形相……アンディがぼそっと言った。
「トリックオアトリート」
そして肩の手を振りほどき、またベッドに戻ろうとする。
「もういいでしょ。ボクはお菓子もいらないし、いたずらだってしないよ」
「待て、アンディ!」
その腕をつかんで止めて、ウォルターはキャンディの箱を掲げて見せた。
「おまえ、トリックオアトリートって言ったよな? はい、コレ」
今渡されたばかりのキャンディの箱をアンディの手に押し付ける。
『げっ』とアンディの顔が引きつった。
「……そういうものじゃないでしょ!?」
ウォルターの手を振りほどき、くってかかるアンディに、ウォルターはニヤニヤする。
「おまえがこんなモン俺に押し付けるからだろ」
「そっちがお菓子せがみに来たんじゃん」
「俺はいたずらしようと思って来たんだぞ」
「それが威張って言うこと?」
えへんと胸を張るウォルターに、あきれ返ってアンディが言う。
「もういいから、そのキャンディ持って帰ってよ」
「いらねぇよ。ってか、アンディ。一応俺に『トリックオアトリート』って言ったんだからな。このキャンディはおまえの!」
「いらないよ。ウォルターが先に言ったんじゃないか」
「そう! おまえは後に言ったんだからな。だから、これはおまえの!!」
「そんなっ……」
「おまえのっ!」
「ボクのじゃないっ!」
「おまえのっ!!」
「いらないってばっ!!」
ぐいーっとキャンディの箱を胸に押し付ける。
アンディがそれをぐいーっと押し返してくる。
ふたりの間をキャンディの箱が行き来した。
それはそれは激しい攻防で、お互いが息切れするまで、そのやりとりは続いた。
ふたりの間に、ポトンと箱が床に落ちる。
「……だいたい、ウォルターは何しに来たんだよ」
疲れ切ったアンディがハァハァゼェ……と肩で息をしつつ、少しイラついた様子で尋ねる。
きょとんとして、次に照れたように笑うウォルター。
「そうだ、いたずらしに来たんだった。アンディ……」
「いや、いたずらってどんないたずらなの?」
ウォルターの言葉を遮ってアンディが訝しげに訊く。そして答えを聞く前に、目を据わらせて、ぼそりと言う。
「そのキャンディ持っておとなしく帰ってくれるなら、もう多少のことは……」
目をつぶろう、と言おうとしたに違いないアンディの口が、ポケットに入れて出されたウォルターの手の中に視線を落とすと同時に、閉じる。
そこには、輪ゴムがふたつ。いや、輪ゴムではない。これは髪の毛を結ぶ髪ゴム。それも花の飾りのついたもの。
「……」
しばし沈黙。
ウォルターのしたいことが何か察したアンディが目を見開く。
「……いたずらってそういうものじゃないでしょ!?」
信じられないという顔でウォルターにくってかかる。
ニヤニヤしていたウォルターは真面目な顔をして、でも目をキラキラと輝かせて、髪ゴムを手にアンディにせまる。
「ほらほら、『多少のこと』だぞ、アンディ。これが終わったらおとなしく部屋に戻るからさ。……ぐはっ」
バチン! とあごを手で叩くように下から押し上げられてウォルターは後退する。
怒りに目をギラギラとさせたアンディがいた。
「どこが多少のこと……? 全然許せないんだけど」
『そのすべてが』がと言って怒りにぷるぷると震える。
ウォルターは『いってぇ』と涙目であごをさすっていたが、キャンディの箱をぽかんと投げつけられ、『帰れ!』と怒鳴られ、ぷちっと頭の中の何かが音を立てて切れるのを感じた。
「何この扱い? そこまでするようなこと? ヒドくない? アンディ、おまえっ……」
髪ゴムを手に襲いかかる。
「もう怒った!! 何がなんでも結んでやる! 覚悟しろ!!」
「ちょっ、なっ……このっ、はなせーっ!!」
髪を結ぶには当然髪の毛をひっつかむわけで、暴れるアンディに、髪の毛引っ張られて痛いだろうな、とウォルターは思う。そして、暴れるほうのアンディも、ただ暴れているわけではないので、これはウォルターも痛い。
つまり、これはもはやケンカに等しい。
「何やってるんですか!?」
ギャーギャー騒いでいるところにやってきたモニカ秘書官の叫び。
ふたりして固まって『え……』とお互いを見る。
ひどい有様だ。
殴られたりしたウォルターは青あざだし、アンディは頭ぼさぼさだし、お互い服は乱れているし、言い訳のしようがない。
「ちょっと……」
「……ケンカ?」
ふたりして首をひねって答える。
そこまでするほどの理由はなんだったのか、と。
「どうしてそんなことに!?」
青ざめて問われてもすぐには答えられない。
「えー……。ウォルターがボクの髪の毛を結ぼうと……」
「アンディがつれないから」
しばしお互い黙って考えた理由がコレ。
「ウォルター!!」
当然、雷はウォルターに落ちた。
+++++
カルロ裁判官がぽかんと口を開ける。
「2番と4番がケンカ……」
ぷんぷんとしたモニカを前に、呆然として首を傾げる。
「……理由が思いつかないんだが」
「それが……」
ふうっと力を抜いてモニカが話す。
報告を受けて、カルロが今度はため息を吐く。どこか遠くのほうを見やって。
「……ウォルターは、どうしてああ、アンディをかまいたがるんだか……」
カラスの巣……家……にいながら何故か医務室行きになる2番目。
モニカがぎこちなく微笑んで言う。
「たぶん、わざとフグをつついてふくらませて遊ぶこどもがいるでしょう? きっとアレですよ」
「アンディはフグか……」
ぼんやりとしたつぶやき。
「なんにせよ、とんだハロウィンだな……」
(おしまい)
