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ウォルターのいたずら






「そういえば……四番が戻ってきているよ」
 書類から顔を上げたカルロが穏やかな笑みを向けてそう告げる。
 報告だの確認だの雑談だの、いろいろな用事でカルロの元に足を運んでいたウォルターは、けだるげに突っ立っていたが、その言葉にキラリと目を輝かせた。
「四番……アンディか」
 ニヤリとした笑みが口元に浮かぶ。その笑みは、いたずらを思いついた悪ガキそっくりだったので、カルロは困ったような苦笑を返した。
「あんまりいじめてくれるなよ。大切な仲間なんだから。RRの」
「わかってるって。ってか、いじめちゃいねぇよ。大切な弟分を可愛がってるだけだって」
「……なら、いいけどな。頼むから、面倒事を起こさないように。仲間内のもめ事はご免だよ」
 パタンと勢いよくファイルを叩き合わせてしまって、カルロはふうとため息を吐く。
 四番はいちばん問題アリで、その問題とは、二番のウォルターに関してよりもいくぶん繊細なものなのだ。どのような干渉の仕方がいい方向に働くか悪い方向に働くか、まったくわからない。まだつかめていない。
「大丈夫だって」
 わかっているのかいないのか、ウォルターは軽く返して、楽しそうに笑って部屋を出ていく。
 後に残されたカルロは、『やれやれ』ともう一度ため息を吐いた。だが、その口元にはやさしい笑みがあった。



+++++





 アンディの部屋の扉の前に立ち、ウォルターはノックをしようと手をあげた状態で、そのまま止まる。少し考え、結局ノックをせずにドアノブを握った。
 ガチャッ。
「よぉ、アンディ……っと」
 扉を開け、遠慮なく室内に踏み込みながら、ぐるりと見回し、部屋の主の姿をさがして、見つけたとたん、言葉を失った。
 いや、声を消した。
 そこには、ごろりとベッドの上で仰向けになったアンディの姿。
 まさか寝てるとは……とウォルターはぽりぽりと後ろ頭をかく。そうくるか、と。
 では、いったい何をしていると思っていたのかと問われると、答えにくい相手ではあるけれど。
 せっかく驚かそうとノックもしなかったのに。
 とび起きる様子もない。
 すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
 ウォルターはひとつ息を吐いて、ベッドに近づいた。
 疲れているのだろう、無理に起こす気はない。
 なら、何故近づいたのかというと……単純な好奇心からだった。
 ベッドの横に立ち、ひょいっと上から覗きこむ。
 帰ってきてからほとんど何もせず、倒れこむようにして眠ったのだろうか。
 上に何もかけず、さすがにコートは脱いでいるものの、普段の服装で、眼帯もしたままだった。それは、もしかしたらいつもそうなのかもしれないけれど。
 あどけない寝顔。
 仰向けになっているために、しなやかな淡い金色の髪がさらりと枕にこぼれて、柔らかな曲線を描く頬があらわになっている。短い前髪も乱れて、白い額がのぞいていた。その下の大きな瞳も今は閉じられていて、キリッとした眉毛も今は力が抜けてやさしげで……。
 まるで、ただのこどもに見える。
 とても四番目の執行人、『片目の首狩屋』と称される人物とは思えない。
 何も関係がない、普通の少年のよう。
 それでも、黒い眼帯がわずかにずれていて、その下の目元には……。
 まあ、自分たちには、今の方が特別なのだから。
 あわてて感傷を心の内でそうやって振り払う。
 常に気を抜くわけにはいかない仕事だし。今は休みだし。余計なことは考えなくていい。
 ウォルターは改めて寝顔を眺める。
「それにしても、無防備に寝てくれちゃって、まあ……」
 思わずつぶやきが口からもれる。
 アンディは実に気持ちよさそうにすやすやと寝入っていた。
 遊ぼうと思って誘いに来たウォルターには、なんだか放っておかれているようで面白くない。これ以上ない勝手な言い分なのだが。どうせここまで自分勝手なのだから、いっそ自分のわがままで起こしてしまえばいい。そうは思うものの、相手があんまりにも気持ちよさそうに眠っていて、そしてそれほどに無防備で。起こすことが『もったいない』とさえ思えてしまう。
 ここでウォルターが考えたのが『さぁて、どうやって遊んでやろうかな』だった。
 そして、そう思って、寝顔をじっくりと眺める。
 すると、外れかけた眼帯が気になる。
 親切心で外して横に置いといてやろうかな、などと思う。
 そう、そしてついでに、こういういたずらの定番……顔に落書きでも、そう思ってスッと手をのばした。
 そのとたん。
 アンディの目が開く。
 ぼんやりとして、ゆっくりと瞬きをするアンディ。
 その目の焦点が、ウォルターに合った。



+++++





「ウォルター?」
 ウォルターはのばしていた手を、ゆっくりとそれと知られぬようにそっと引っ込めた。
「おはよ、アンディ」
「何してんの?」
 すっと目が細められる。にらまれて、ウォルターはごまかし笑いを浮かべた。
「目ぇ覚めたか?」
「何の用?」
 追及がやまない。ウォルターは『いやいや』と両手を前に突き出して横に振って、上から退いた。アンディが追いかけるように上半身を起こし、乱れた髪の間からウォルターを見据える。起き上がる際にするりと眼帯が落ちて、大きなふたつの目がじっと視線を注ぐ。
 これはごまかし笑いではきかないと判断して、ウォルターは正直に当初の目的を話した。
「おまえが帰ってきてるってカルロに聞いてさ。たまには一緒に何かして遊ぼうと思って、起きんの待ってた」
 もちろん、それは当初の目的であって、寝ているアンディを見て目的が少し変わったことは内緒だ。それなのに、アンディの目が疑うように細くなる。
「……本当に、『待ってた』の?」
 『あれ?』とウォルターは首を傾げる。
「……もしかして、アンディ起きてた?」
 アンディの目がいっそう据わる。
「本当に、何してたのさ、ウォルター」
「まだしてねぇよ」
 平然とそう返すと、アンディがふうと大きなため息を吐いた。そしてつぶやく。
「寝れない……」
「まぁまぁ」
 それをニヤニヤして肩を叩いてなだめる。
 アンディはうつむいて、憮然として身を起こす際に落ちた眼帯を見つめていたが、やがてそれを手に取り、付け直すと、改めてウォルターの顔をじっと見た。
「……何か殺気みたいなものを感じた……」
「えっ」
 ぼそりと出された言葉に、ウォルターは衝撃を受ける。
 殺気を感じて起きたってか。っていうか、それは殺気ではない。そんなつもりはない。
「何か嫌な気配がした……」
 続けて言われた言葉に、『あー……』と納得する。それならわかる。顔に落書きしようかのアレだ。ウォルターはニヤついた。
「いや? 何もしてねぇよ。鏡を見たほうがいいようなことなんかはさ」
「……」
 アンディが『ええー』と口を開けてぽかんとする。上目遣いにウォルターを見つめる。それを見て、ウォルターはなんとなく満足する。
 もそもそとベッドから降りてどこかへ行こうとするアンディに、ウォルターは親指を立てて、部屋の扉を示した。
「ダリぃけど、まずはなんか食いに行こうぜ。アンディ、飯まだだろ」
 断られるかと思ったら、振り向いたアンディは、こっくんとうなずいた。
「ん」
 たぶん、本当に腹が減っているのだろう、まっすぐにてくてくと歩いていく。扉に向かって。
 『おいおい、顔の確認は? いいのか?』とウォルターは呆気にとられて、その背中を見つめる。
 本当にいたずらされていたらどうするつもりなんだか。
 そのマイペースっぷりにプッとふき出し、置いていかれそうになっていることに気付いて、ウォルターはおおいに慌てた。
「待てよ!」





(おしまい)
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