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だってあなたがいいの






 自分を呼ぶ声に通路をとたとたと歩いていたスフォリアは足を止めて振り向いた。

「スフォリアー!」

 駆け寄ってくるのはモニカ秘書官だ。

 大きな紙袋を重そうに両手で持って引きずるようにしている。

 スフォリアの前まで来ると、どさっとその紙袋から手を放した。

 はぁ、はぁ……としばらく荒い息を吐いていたが、呼吸が整うと、『はぁー』と大きく息を吐いて、額の汗をぬぐって、すっきりした笑顔で言った。

「よかった。スフォリア。意外と足が速いのね。追いつけないかと思ったわ」

「あ……ごめんなさい」

 いつから追いかけさせていたんだろう、ずっと気付かなくて、悪いことをしてしまった……としょんぼりして謝るスフォリアに、かえって慌てた様子でぶんぶんと手を横に振って『いいのいいの』とモニカが言う。

「違うわ、えっとそうじゃなくて、私がもっと大きな声で呼ばなくちゃいけなかったんだわ。ごめんなさい。気にしないでね。ところで」

 モニカの目が足元の袋に落ちる。

「これ洋服なんだけど……。街に行った時に見つけてスフォリアに似合いそうだなーって思って、つい買ってきちゃったの! 渡しそびれてここまで溜まっちゃったけど。どうかしら? もらってもらえる?」

「えっ……」

 スフォリアはびっくりしてモニカの足元の大きな大きな袋を見る。

 いったい何着入っているのやら。

 袋はモニカの膝上までの大きさで、しかもパンパンに膨らんでいていた。

「あの、でも、私……」

 もらう理由がない。

 そんなことしてもらえるようなこと何ひとつしてない。

 むしろもらえない理由ならいくらでも思いつく。

 そもそも私は迷惑な存在なんだし……。

 こんなやさしさ受ける資格なんてない。

 無料で服なんてもらえない。

 何もしてない。

「えっと……」

 戸惑っていると、モニカが笑みを困惑げなものに変えて、肩を落とした。

「あっ、もちろん、嫌ならいいんですけど……」

「えっ、ちが、違う、違い、ます……うれしいけど……でも私なんて……」

 もじもじとしてスカートの裾をいじる。

「こんなことしてもらえるようなこと、私、何もしてないのに……」

 情けなくてだんだんと声が小さくなってしまう。

 そうだ、こんな親切をされるようなそんな資格、自分にはない。

 ところがモニカはホッと胸に手を当てて『なーんだ』と明るく言った。

「そんなこと! もらってくれるなら、それがありがたいんですよ、スフォリア。そう思って買ってきたんだもの、スフォリアに似合うと思って。だから遠慮なく受け取って。もしよかったら着て見せてくれたら嬉しいわ」

「え……はい」

 スフォリアは押され気味にうなずいた。

 モニカはきょろきょろと辺りを見回すと通りかがった職員に『これをスフォリアの部屋まで運んでちょうだい』と頼んだ。

 スフォリアは背後に洋服の入った大きな紙袋を持った職員を従えて部屋に戻った。







「……で」

 アンディは半眼でスフォリアの部屋を眺める。

「それはわかったよ……。それがモニカだけじゃなくて、もう何度目かのことだったってのも理解できたよ。それで?」

 話しかける相手はもちろん部屋の主のスフォリアだ。

 ちなみにアンディは部屋の入り口に立っている。

 扉は開け放たれている。

 紳士的に。

 不機嫌に問い詰めるようなアンディのそれに、余計におどおどびくびく焦って冷や汗を流しながらスフォリアはよく見えない目の前の服に顔を近付けてさっと見て、それからアンディのほうに顔を向けて、ことんっと首を傾けてみせる。

「ど、どうしよう、アンディ。どれを着たら……?」

 どうやら怖い顔をしているらしいアンディの顔がぼんやりとしか見えないが幸いだ。

 『はあぁぁぁーっ』とアンディが大きなため息を吐く。

 スフォリアはびくっとする。

「ボクに女の子の服を選べって……?」

 疲れたように言って両手で顔を覆ってしまう。

「ア、アンディッ……?」

 あせあせ。

 スフォリアは服から手を放してアンディのところへ駆け寄った。

 けれどうなだれているアンディにどう声をかけていいかわからない。

 アンディの顔を覆った手の間からくぐもった低い声が漏れ聞こえる。

「この服が似合うと思うとか今日はこの服がいいなとか変態じゃないかボクが……」

「ええっ? でも、ヴィッツィーニは……」

「あのねぇっ」

 がばっと顔を上げてアンディは、ぎょっとして固まったスフォリアを前に、何も言わずに口を閉じた。

「……」

「……」

 しばらく黙ってふたりで見つめ合った。

 アンディの顔が赤い。

 スフォリアは不思議に思ってもっとよく見ようと顔を近付けた。

 するととたんにさっとアンディが後ろに下がる。

「アンディ?」

「ああ、うん……困ったな。なんでボクに……っていうかコニーとか……」

 近付くと明確に避けられて、言葉もその役目を避けるもので、スフォリアは悲しくなる。

「だって」

 視線を足元に落とす。

 私はひとりぽっちだ。

 今はもう人形もない。

 こういう時に抱きしめてくれるものもなければ、抱きしめるものもない。

 キッと顔を上げてアンディをにらむ。

「決められちゃうからっ……他の人だと『これを着て』って言われちゃうから……。私、今日はアンディと出かけるから、私が決めたかったの。自分で選んだって思いたかったの。アンディならそこまで口を出してこないと思っ……思ったかっ……らっ……!」

 じんわりとスフォリアの目に浮かんだ涙にアンディがぎょっと目を見開く。

「あ……ああ……!」

 じりじりと後退していたアンディの足が止まる。

 周囲をさっと見て、スフォリアの肩をつかんで、中へ押し戻す。

 自分も一緒に部屋に入ってパタンと扉を閉じた。

「参ったな、スフォリア……。そんなのボクに訊いたって同じじゃないか。ボクがこれがいいって言ったらそうするんでしょ?」

「違うのっ!!」

「ちょっとスフォリア……」

 握りこぶしを作ってスフォリアはどんどんとアンディの胸を叩く。

「アンディひどい!!」

「え、ちょ、待って……」

「アンディずるい!!」

「いやだから……」

 アンディは困りきっておろおろと辺りを見回した。

 当然、他に誰もいない部屋。

 助けはない。

 ……なら、構わないだろう。

 男らしく心を決めて、スフォリアの肩から手を放し、背中に回して少しだけ自分の胸に引き寄せて、ぽんぽんと軽く背中を叩くように撫でた。

 そうして頭上から自分にできるだけやさしい声を作って降らせる。

「……落ち着いて、スフォリア。何がずるいの。ボクが嫌なの? 嫌いになった?」

 ひっく、ひっく、と半泣きのスフォリアが、一生懸命に言う。

「ううん、アンディは……嫌いじゃないよ。違うの。そうじゃなくて」

 ぽん……ぽん……と背中を手が撫でていく。

 大きくて頼りになる手だ。

 胸もぴったりとくっついてはいないけれど安心する。

 スフォリアは涙を拭いて、ぐすっと鼻をすすって、くすっと笑った。

「だってアンディ逃げようとするんだもん。アンディが言ったのに。私は私だって。私はアンディに訊きたかったの。参考にするだけ。自分で決めるよ。だけど……」

 スフォリアは頬を赤くしてはにかんだ笑みを見せた。

「わ、私が……アンディの好きな服を着たかっただけ」

 アンディの手が止まる。

 『えっ』と驚きに目を見開き、ぼうっと顔を赤くして、かちこちに固まって。

 やがてぎこちなく動き出すとスフォリアの肩をつかんでぐいと自分から引き離した。

「とにかく!」

 やたらときっぱりと言う。

「自分で決めてよ。ボクじゃわからないから。スフォリアは着たい服とかないの?」

「着たい服……」

 ツンとそっぽを向いているアンディをじっとスフォリアは見た。

「な……何?」

 視線にアンディが気付く。

 スフォリアはアンディの体に顔を近付けて、じっくりと上から下まで見た。

 そしてぐいと服を引っ張る。

「これ」

「え?」

 アンディがきょとんとする。

 スフォリアはぐいぐいとアンディの服を引っ張った。

「これが着たい」

「は……?」

 アンディは自分の服を見た。

 今日は青いジーンズ生地のオーバーオールを着ている。

 男物だが、女の子でもこういうものを着ている子だっている。

「……わかった、よ」

 アンディはしぶしぶとうなずいた。







 アンディは自分の部屋から着替えを持ってきて、着ていたオーバーオールをスフォリアに。

「わー!」

 ぶかぶかだけれどもスフォリアは上機嫌だった。

 ちなみに、歩きにくい足元は折ってあり、腰のところはベルトで留めてある。

 上着までアンディのシャツを借り、袖をぶらぶらさせて、くるくると回ってみせる。

 アンディは疲れた様子で壁にもたれてそんなスフォリアを眺めていた。

 しばらくしてスフォリアが回るのをやめ、何か思いついた顔で振り向いた。

「ねぇ、アンディ。これ、その……お、お手洗いの時は、どうするの?」

 アンディはがくりとする。

「知らないよ、もう……。そんなことまでボクに訊かないで。誰か女の人に訊いてよ……」

 耳まで赤くして恥ずかしがるアンディを、不思議そうにスフォリアは見ていた。





(おしまい)
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