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「どうしよう……」

 アンディは『うっ』と口を押さえ、顔を青くして、冷や汗を頬に垂らし、まぶたを半分以上下ろして苦しげに……まるでにらむように……涙目でバジルを見る。

 対するバジルも死んだような目だ。

 顔色の悪さも負けてはいない。

「どうしよう、って……」

 たれ眉をさらに下げて困惑顔でアンディの言葉を繰り返したが、ふと気付いたようにハッとして、『いやいやいや!』と首を横にぶんぶんと振った。

 そしてキッと鋭くにらみつけて冷たく言う。

「アンディ、おまえ、最初に言ったよな? 『吐きそうになったら出て行く』って」

「言ったけど……」

 もぞもぞとしたアンディがまた『ううっ』と口を押さえる。

「とてもじゃないけど今は動けない……」

「おい!!」

 『話が違うじゃないか』とバジルは怒りのままにドンとテーブルに拳を叩きつける。

 ガチャンッとテーブルの上の食器や瓶や缶が踊る。

 げんなりした顔のアンディがチラと目を上げて訴える。

「ちょっと……やめてよ、頭も痛いのに……。っていうかなんかぐるぐるする……。あ、目の前が……」

 ぐてぇっと前のめりに倒れるように頭を下げてテーブルに額をつけて黙りこむ。

 バジルは心底嫌そうにそんなアンディを見下ろした。

 どうしたものかと。

 このままここで吐かれるのは困る。

 放っておくわけにはいかない。

 っていうか大丈夫なんだろうかと。

 そわそわとする。

 たまらなくなって死んだように身動ぎもしないアンディの頭に声を投げつける。

「おい……、おいっ、おいアンディ返事しろ!!」

「な……なぁに?」

「『なぁに』じゃねぇっ! とっとと出てけ!!」

「だからムリ」

 具合が悪いくせにやけにきっぱりと言い切る。

 テーブルに伏せたままで少し動いて向きを変えてぼそぼそと小声で言う。

「ダメだ。動くと気持ち悪い。頭痛い。ぐらぐらする……。起き上がれないよ……。うっ」

 バジルは呆れ顔でアンディをジッと眺めた。

「……」

 はぁ、とため息を吐いてから、両手で顔を覆う。

 なんでこいつに付き合わされているんだろう、なんでこんな目に遭うんだろう……と、己の不運を嘆いて。

 とてもとても追い出したいが、アンディが自分では動けそうにないし、放置するといってもここは自分の家だし、いつまでもこう具合の悪い姿を見せつけられていたらイライライライラするしで。

 自分が我慢できないのだ。

 しょうがない……。

 考えた結果、被害は最小限にしたい、と。

 バジルはもう一度『はぁ』と諦めの大きなため息を吐いて、苦りきった表情で、席を立っていやいやアンディに近付き……それはまるでこの世で一番嫌な存在であるというようにおそるおそる……そっと腕をつかんだ。

「……おい、アンディ。ここで吐くんじゃねぇよ。トイレに行くぞ。とりあえず立てるか? 無理なら引きずっていってやる」

「ううう、バジル……」

 バジルの差し出した手にがしっとアンディがすがりつく。

 目がぐるぐるとしていて涙目だ。

 それでも紛れもない感謝の念をこめてバジルを見上げてくる。

「ありがとう……」

 バジルはイラァッとして眉根を寄せてしかめっ面をして全身から黒い気を漂わせた。

 それどころじゃねぇだろーが。

 だいたい感謝される覚えはないのだと険しい顔で言う。

「てめぇのためじゃねぇんだよ。ここで吐かれたらテーブルや床が大変なことになる。誰が片付けると思ってんだ。いや、てめぇにやらせるけどな!? 具合が悪くたって片付けてもらうが、動けるようになるまでにだいぶかか……。いや、いい。いいから、早く行くぞ!!」

 そんなことをぐちぐちと言っている間に本当に吐かれたらたまらないということに気付き、バジルはアンディの手を引っ張って立ち上がらせようとする。

 アンディは床に倒れるようにして椅子から落ちて、ぐったりとしてバジルに両手を持たれて引きずられる。

 ずずずずず……と。

 まるで欲しい物の前で床に寝転んで動くまいとする駄々っ子のように。

 バジルはそれを引っ張って無理やり連れて行くお母さんのよう。

 容赦なくアンディを引きずってトイレまで移動する。

 途中『うっ』とか『おえっ』とか低くうめくアンディに怒りのあまりに青ざめた顔をさらに青くしながら、歯を食いしばって、必死に。

 そしてトイレの前でアンディをぽいと転がした。

 トイレの扉を開け、『ほら』とアンディにあごで入るように促し、立ち去ろうとする。

 扉のノブにしがみついて、なんとか立ち上がったアンディが、去り行こうとするバジルに『えっ』と驚きに目を見開いて、とっさに腕をつかんで止める。

「バジル、行っちゃうの?」

 『あ?』とバジルはしかめっ面をして不愉快そうにアンディをにらみつけて手を振り払おうとする。

「当たり前だろ。てめぇ今から吐くんだろ。そんなもん俺が見たがると思うか?」

「それはそうだろうけど……」

「汚いのは嫌なんだよ」

「あっ、ちょっ……待ってよ」

 構わずに行こうとしたバジルを握ったままの袖を引っ張ってアンディが止める。

 具合が悪いとは思えない強さで。

 バジルはイライラとして振り向いた。

「なんだよ、アンディ!!」

 背中を丸めて小さくなったアンディが申し訳なさそうな上目遣いでおずおずと言う。

「あ、……あのさ、……悪いんだけど、ちょっと心細いからさ、もう少し傍にいてよ」

 バジルはぽかんと口を開ける。

 もじもじとしているアンディを穴の開くほど見て。

 ようやくアンディの言葉に理解が及ぶと、怒りにわなわなと体を震わせた。

 ギッと鋭くアンディをにらみつけて。

 地の底から響くような低い声を震わせて。

「てめぇ……あんだけ『大丈夫だ』っつっといて酔っ払って、俺にこんだけ迷惑かけといて、この上さらに背中まで撫でろってのか……?」

 バジルの迫力にアンディがたじたじとする。

「い、いや……別にそういうわけじゃないんだけど……。でも、一緒にいてくれないかなって」

「断る!」

 きっぱりと言ってまた背を向けるバジルにアンディが呆然として言う。

「弱ってるボクを放っていくの?」

「喜んで放っていくわ!」

 バジルは振り向くとせせら笑って言った。

「……」

 何か返すと思ったら、うつむいて考え込んだアンディに、去るに去れずにバジルは待つ。

 ふたりの間に沈黙が。

 やがてゆっくりと顔を上げたアンディは、ひどく真面目な顔をして、バジルに向かって静かに言った。

「だけど、ボク、ひとりじゃうまく吐けないかも……」

 そこで『うっ』と気持ち悪そうな顔をして胸を押さえる。

「知るか!!」

 きっぱりとそう言って背を向けたバジルは、頭の中でアンディの言葉を繰り返す。

 『うまく吐けないかも……』『うまく吐けないかも……』『うまく吐けない……』

 ゆっくりと振り向いてトイレの中でうずくまるアンディを見て、最悪の事態を予想し、顔を歪め、そっと手をのばして、アンディの背中に触れた。

 だが、『うえぇぇぇっ……』と言い出したアンディに、ビクッとして手を引っ込めた。

 そしてケータイを突き付けて思い切りわめいた。

「無理だ、無理!! アンディ!! 今すぐてめぇの保護者を呼べぇーっ!!」





(つづく)
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