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マンションを訪れたのがアンディだった時点でバジルには予測できたことだが。
バジルは残ったワインをチビチビと飲みながら思う。
視線は部屋の中をちょこまかとするアンディを追っている。
アンディは今は四つん這いになって本棚の一番下の段を覗きこんでいる。
さっきはCDの棚を、その前は勉強机を。
控え目に、それでも好奇心たっぷりに、しっかりと。
なんだかその姿は慣れない部屋を必死に観察する猫に似ている。
『見てもいい』と許可を出した上でのことなのでバジルに文句はない。
文句はない、が……。
アンディがバジルを振り向いて声に微かに驚きを含ませて言う。
「ホントに何もないね、バジルの部屋」
『何も』ではない。
正確には『遊ぶものが』何もないのだ。
先ほど交わした会話。
「ねぇ、ゲームか何かないの?」
「ああ? ……リバーシならある」
「そういうのじゃなくて」
「パソコンあるからつまんねぇならひとりでやってろよ」
「それも違うな……」
「言っておくが、俺は家に他人を呼ばねぇからな、誰かと暇つぶしにやるもんなんかねぇよ」
「ええっ……それホント? 何もないの? なーんにも?」
「悪いか」
「別に悪くはないけど……。バジルはボクの話聞くばっかりで退屈じゃない?」
「面白いことは期待してない」
「!!」
「……」
「……それは、ちょっと、ショックなんだけど。ねぇ、何かしようよ、じゃあ」
「何もないが」
……そして。
最終的に『勝手に見ていいから自分で探せ』となってしまった。
いちいち断りを入れてくるので礼儀はあるし、別に見るといってもさっと眺めるだけで興味を引かなければすぐ次に移るし、見られて困るようなものは何もないのでそれはいいが。
バジルは頭を抱える。
いつまで続くんだ、このアンディ無双っ……!!
他人の城に乗り込んでもマイペースを崩さないアンディに降参だ。
借りてきた猫みたいにおとなしかったのは最初だけ。
いや最初もそうおとなしくはなかったが。
他人の家でここまで傍若無人に振る舞うか?
まったく神経が図太い。
バジルは呆れ顔でアンディを眺める。
今アンディは、それが部屋の主への遠慮を示しているのか、おそるおそるといったようにそっと爪先立ちして本棚の一番上に手をかけて、覗きこむようにして並んだ本を調べている。
見えないが好奇心でまん丸い目を輝かせていることは容易に想像できる。
その細い体の線を目で撫でながら酒を飲む。
時折並んでいる本に驚くのか『うわ』とか『わっ』とか声を上げて身を引いている。
ビクついている子猫を見るようで、それはそれで酒の肴だ。
バジルはアンディの気が済むまで待った。
一通り部屋を回ったアンディがテーブルに戻ってきた。
興奮したように目が丸い。
ふぅっと息を吐いて。
どさりと椅子に腰を下ろす。
「ホントに何もなかったよ、ふたりで遊べそうなもの」
「だから言ったろ」
見ていたことは言わずにバジルは素っ気なく返してつまみを口に運ぶ。
「すごいね、バジルの本棚って難しそうな本がいっぱいだった。アレ全部読むの?」
「あ? 買わされたんだよ、授業で必要だから」
「授業か……」
新たな缶を取ったアンディが目を逸らして苦い顔をする。
手元で缶がプシュッと音を立てる。
その嫌そうな顔に刺激されてバジルはニヤリとする。
「どうだ、課題は終わりそうか?」
「終わるんじゃない? まだやってもいないけど。たぶん。……嫌なこと思い出させないでよ」
「おまえが振ったんだろ」
『まぁ……』とかなんとか濁したアンディがゴクゴクと勢いよく缶チューハイを喉に流し込み、それから皿やら缶を退けてテーブルの真ん中にドンと肘をついた。
そしてバジルのほうに手を出す。
バジルはきょとんとしてアンディとその手を見比べた。
「なんだ?」
アンディは手をぐーにしたりぱーにしたりしてひらひらと振る。
「だから、やることないから、腕相撲でもしようかって」
「……」
バジルは目を半眼にして疑わしげにアンディをジロジロと見る。
いつもと同じ変化に乏しい顔だし、赤くもなっていないし、目も開いている。
だが、こいつ酔っ払ってやがる、そう判断した。
「……嫌だ」
っていうか、この狭いスペースでそんなことをしたら、確実に皿や瓶が床に落ちて割れる。
バジルはチッと舌打ちする。
そんなことも思い至らないのか、はたまたどうでもいいのか、アンディは手に持っていた缶を置いてもう一方の肘もテーブルに乗せて、両手とも握り拳を作ってバジルのほうに向けた。
その両手で顔を挟むようにして覗かせて丸い目をしてバジルを見て待っている。
バジルはぽかんとする。
幽霊?
……じゃなくて、これは。
「……にゃん?」
招き猫か。
思わずそう言った。
アンディが呆れ顔になる。
「……じゃなくて、ほら、昔やったことあるでしょ? 『いっせーのーせーっ』って……」
「紛らわしいわ!!」
ガンッとコップをテーブルに叩きつける。
何が『にゃん』だ。
自分が口に出したことが恥ずかしくてバジルは顔を真っ赤に染める。
「アンディ、こうだろ!? 縦にしろ、縦に!!」
「あ、そうか」
バジルがやってみせると横に寝かせていた拳をアンディが真似して縦にする。
「はい、じゃあ……」
「やらねぇからな」
バジルはつれなく拳をしまった。
(つづく)
