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「……だからさ、ウォルターに電話したら、なるべく広い道に出ろって言うの。坂を下って、広くて、にぎやかなほうへって。だからどんどん歩いていったら、気付いた時には川原にいたんだよ。目の前をどーんって川が流れててさ、そこでボクはひとりぽつーんと……」

 行儀悪く椅子の上に足を置き、丸くなって座り、チューハイの缶を握りしめたアンディが、機嫌よくしゃべりまくる口を止めて、バジルに視線を寄越す。

 『何か言え』ということだと理解してバジルはハッと嘲笑する。

 ムスッと口をへの字に曲げたアンディが、視線を逸らし、怒った口調で続ける。

「どうしろって言うのって。もう川しかないんだよ? 周りに建物とか何もなくってさ。人も全然通んないし。それで、ウォルターに電話したら、笑った後、『もう川に入って流れたほうが早いんじゃねぇの?』とか言うしさ。笑ったんだよ? ボクは困ってるのに。ひどいと思わない? ねぇ!?」

 そこでもう一度同意を求めてバジルをにらむように見る。

 怒った口調だが、怒ってはおらず、酔い始めているのか機嫌はすこぶる良い。

 ぺちゃくちゃとしゃべっているのがその証拠だ。

 アンディは普段あまり無駄にしゃべるほうじゃない。

 ただ話し始めるとわりと長い時がある。

 放っておいても構わずに話し続けるほどに。

 相槌の必要もないんじゃないかというくらいに。

 それでもやっぱり淋しいのか反応を欲していて。

 バジルは自分の手の中の缶に目を落としてぼそりと言う。

「なんでだよ。あいつの言う通りだろうが。おまえなら流れたほうが早い」

 うんざりとして……先ほどから一方的にアンディがしゃべり続けている……不機嫌に望まれた反応をすれば、おそらくバジルならそう言うだろうと踏んでいたアンディがこちらも予想された通りの反応をする。

「ヒドッ!!」

 憤然として言って『もういいよ』といったように顔を上向けてゴクゴクと缶の中身を飲む。

 ……要するに、相手がどう来て、自分がどう返すか、わかった上でのやりとりで、安心するための確認に近い。

 確実に返せる球の投げ合いだ。

 よく知った仲だ。

 缶を飲み干したアンディは次の缶を取りながら変わらずまた話し出す。

「結局その日は6時間くらい道に迷っててさ。着いた時には日が暮れてたよ。せっかくの休みだったのに、歩き続けて疲れちゃった。だいたいウォルターの説明が不親切なんだよ」

「おまえに教えてやるだけでも親切だぞ。っていうか、とんでもない善人だ。神のレベルだ。おまえに付き合うなんてあの汚いリンゴ頭は相変わらず反吐が出るお人好しだな」

「……そこまで言う?」

 缶を片手に、アンディがびっくりした顔で、パチパチと瞬きをする。

 バジルをマジマジと見て。

 イライラとしてバジルはアンディをにらみつけた。

「……そんなに頼りにならねぇなら俺に電話すりゃよかっただろうが」

 アンディが『んー』と首を傾げて空を見て考えこんでからゆっくりと口を開く。

「……いや……でも……自分で行けるような気がしたんだ。わかると思ったんだよ。そこまで切羽詰まってなかったっていうか……。どうせすぐに着くだろうなって思って。そしたらバジルを巻き込むのもアレでしょ? もうウォルターに迷惑かけちゃってるし。それに……」

「それに?」

「連絡取るのが正直めんどくさい」

 ぼそりと吐かれたそれに、ぶちっとバジルの中の何かが音を立てて切れた。

「てめぇぇぇぇっ……」

 怒りをあらわにしたバジルに、アンディが目を丸くしてあたふたとする。

「えっ……いや、だって、バジル、付き合わされるの嫌なんでしょ?」

「ああ、大嫌いだ。今現在付き合わされてるけどなぁ、誰かさんによぉっ……」

「……それは、でも、だってあのっ……」

 バタバタと慌てふためいて両手を前に出して横に振るアンディの必死な様子に、バジルの体からふぅっと力が抜ける。

 アホらしいと。

 こいつに振り回されるのはバカらしいと。

 白けてゴクリと缶の中身をあおる。

 利用されるようで空しい気持ちにさせられた。

 気分次第でコロコロ相手を変えるのか、だとしてもそれは正しいし、文句を言えることじゃない、誰だってそうなのだし、実際そのほうがいいのだから。

 たとえば自分を汚い居酒屋なんかに誘われても困る。

 そんなものはあいつが相手をすればいい。

 当然のことだ。

 それがこんなにムカつくのは、自分が一番じゃないと思い知らされたようなものだからで。

 ただ相手を選んでいるだけで、捨てられているわけではないのに。

 そう思うのにこの胸のもやもやは……。

 アンディがちょっとしゅんとして申し訳なさそうに言う。

「別に……いつもめんどくさいとかじゃないよ。バジルがめんどくさいとかでもないからさ。ただボクは……」

「いい。わかってる。言うな」

 バジルはきっぱりとそれを遮って苦く言い、さりげなく仏頂面を横に向けて隠す。

 こんなことに腹を立ててもしょうがない。

 よくあることだ。

 別に自分はこいつにとって特別でも何もないのだから。

 そう胸のもやもやに言い聞かせ片付けてツンとして酒を飲む。

 アンディが大きな目を見開いてじっとバジルを見て真剣に言う。

「今度はバジルに電話するね」

 バジルは振り向いて盛大に顔を歪めてしかめっ面をしてみせた。

「よせ。やめろ。そういうことじゃねぇんだよ」

「え」

「誰が好きこのんで迷子のてめぇに迷惑かけられたいかっ……!!」

「でも」

 怒りに任せて言うと心底不思議そうなきょとんとした顔で返される。

 バジルは痛む額を押さえた。

 まだ酔ってはいないのに。

 はぁ……とため息を吐く。

 無邪気な顔で待っているアンディに指を突き付けて念を押した。

「いいから。俺はてめぇほどアホじゃねぇから、アホの道案内なんてできねぇよ。住所で探せとしか言いようがないわ。電話するだけ無駄だからな。……でもアレだ、電話したら出ろよ? 俺のことシカトしやがったら承知しねぇぞ?  いいな?」

「……」

 何故かアンディが真面目な顔になって黙りこむ。

 何か真剣に考えこんでいる様子で。

 うつむいて。

 バジルは『うん』以外に返事はないはずなのにと訝しみながら待つ。

 しばらくしてアンディは顔を上げて平然と言い放った。

「うん、だけどボク、ケータイ家に忘れることあるよ」

「持ち歩け!!」





(つづく)
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