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ある1日の






「ブォナンノ!」



 パチッと目を開ける。

 目の前に鋭く光るくちばしがある。

 そして黒い羽のばさばさしたものが。

「……シャルル……おはよ」

 アンディがぼんやりとそう言うと、シャルルが『ふんっ』と胸を張って、嫌な姑みたいに騒ぎ出した。

「早くねぇよ。ったく、正月から寝坊するなっ! わざわざ起こす俺の身にもなれ!!」

「別に頼んでないよ」

「頼まれたんだよ、他の連中に!! おまえはもうちょっと周りのことを気にしろ! 周りの人間がどう思うかってことにっ……アンディィィーッ!!」

 文句を言うシャルルを放っておいて、アンディは身を起こし、目をこすって、もぞもぞとベッドを抜け出して着替えに行く。

「うるさい」

 しっかりと細めた目をくれて、シャルルのくちばしを閉じさせてから。

 もっとも、それは少しの間しかもたなかったが。

 着替えを済ませ、洗顔も済ませて、用意が全部済むと、まだぶつぶつ言っているシャルルの元へ戻る。

「新しい年の始まりが寝坊ってろくな一年にならないぞ!」

「さっきから嫌なこと言わないでよね、ちょっと……。一日変わっただけだし、何も特別なことする予定もないし、いいじゃないか」

「そういう気持ちがよくなっ……」

「はいはい。ボクはもう行くね。仕事ないかな……」

「こら、アンディ! おい、聞けって!!」

 扉へ向かうアンディの後ろからシャルルが慌ててばさばさと飛んでついてくる。





「あ、スコットだ。新年おめでと」

「……」

 通路の途中でアンディはひとりの青年を発見して声をかけた。

 同僚であるスコットだ。

 言われたスコットのほうは無言でうなずく。

 その腕にも肩にも頭の上にもカラスが止まっている。

 無愛想の上、口元は布で隠れているためわかりにくいが、その目はまぶしそうに細められていて、軽くうなずいたことからもそれを認めたことがわかった。

 アンディはじっとスコットの体に止まっているカラスを眺め、シャルルのほうを見て、首を傾げて言った。

「……見分けがつかないね」

「俺はつくぞ」

「あ、そう」

 アンディは手を振ってスコットと別れた。

「じゃあね」





「ライアン、新年おめで……!?」

 通路の途中でアンディはまた見知った背中を発見して声をかけようとした。

 同僚のライアンだ。

 それがくるっと振り向き、言葉の半ばでぐいっと太い腕に抱き寄せられた。

「おー、アンディじゃねぇか!」

 大きなニヤニヤ笑いを浮かべている顔がずいっと無遠慮に近づけられる。

「新年おめでとう。お子様はよく寝るよなぁ! 重役出勤だぜ」

「関係ないでしょ」

 むすっとしてアンディは返す。

 憤りのままに乱暴に腕を振りほどいて。

 慌てて空に飛び上がっていたシャルルを連れてその場を去った。





「アンディ!」

 大きく膨らんだスカートを揺らしてパタパタと同僚のコニーが駆けてくる。

「新年おめでとーっ!!」

 二カッと周囲まで明るくなるような満開の花のような笑みを見せて手を振っている。

「ああ、コニー。……新年おめでと……」

 勢いに呆然としてアンディはおずおずと返す。

「じゃあまた後でねー!」

 ぶんぶんと手を振ってコニーが走り去っていく。

「……」

 アンディは同じように黙っているシャルルを見上げて口を開いた。

「……アレがレディ?」

 問われたシャルルがむっとして答えた。

「俺に聞くな」





 アンディとシャルルは本部の通路を歩き続ける。

 途中、何人かの人とすれ違い、挨拶を交わしながら。

 シャルルはずっと先ほどのことでぐちぐちと言っている。

 アンディはツーンとして聞こえないふりをして歩いていた。

 すると、前方からアンディのほうに向かって、赤い髪の青年が走ってくる。

「ヤッベ、ちょっ、マジでヤバいんだけど!」

 自分の後ろと前を交互に見ながら、それでいて周囲など目に入らぬふうに、ひたすらに足を動かしている。

「あれ? ウォルター……」

 アンディは驚いてぽかんとして言った。

 それで初めて相手も気付いた様子だった。

 同僚のウォルターが『よぉ』と軽く片手をあげてニッと笑う。

「おお、アンディじゃん! やっと起きたのか? おっ、シャルルも。新年おめで……」

 言いかけた声を遮るように大きな声が飛んでくる。

「待ちなさい! ウォルター!!」

 ズカズカと大股で近付いてくるのはこれまた同僚のシルヴィオだ。

「今日こそその根性を叩き直して……ん?」

 きょとんとしているアンディを見つけてシルヴィオの顔がわずかに緩む。

 っていうか、それまでの顔が非常に険しかったということで。

 照れ隠しのように眼鏡の縁を触って言った。

「おはようございます、アンディ。新年おめでとう」

「……うん。おはよう。あと、新年おめでとう。あの……」

「今年もよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 お願いシマスと言いかけたアンディが続ける間もなくピュウッとふたりが駆け出した。

 シルヴィオが丁寧なのはそこまでだった。

 そしてそれをウォルターも察していた。

 逃げ出したウォルターの後をシルヴィオが追いかけていく。

 アンディの服がふたりのあまりの勢いに揺れた。

「……何アレ」

 あとに残されたアンディがぽつりとつぶやく。





 ガチャッ。

 アンディは部屋のひとつの扉を開く。

 その前に、ノックと、やり取りを済ませて。

 ひょこんと顔を覗かせて中を見回す。

 本来ならばしっかりと背筋を伸ばして、あごを引いて、手を後ろに回して……ときちんとしていなければならないところだろうが。

 相手はそれなりの立場のあるものだから。

 だが、その相手も親しげな笑みを浮かべて、アンディに入るよう促した。

 アンディは肩にシャルルを乗せてするりと室内に入る。

 アンディを笑顔で迎えた者は他にもいる。

 その部屋の主、カルロと、その秘書であるモニカと、同僚であるジョゼフ。

 3人がニコニコとしてアンディを迎え入れた。

「「「新年おめでとう」」」

 いっせいに言われて、アンディは照れくさそうに頬を染めて、少し身を引いてまるで怒ったように返した。

「おめでと」

 それでも3人の顔から笑顔は消えず。

「仕事はあるの?」

 むすっとして訊ねたアンディに、モニカが『まぁまぁ』となだめるように言った。

「レンズ豆のスープがあるんです。ちょうどお昼になるところですから、新年のお祝いをしましょう。今日はなんと……」

 そこで嬉しそうにポンと両手を叩き合わせる。

「みんなが揃っているんです!」



 新年おめでとうございます。





(おしまい)

あとがき・・・本によると『新年おめでと』はイタリアでは『ブォナンノ』というらしいです。
・・・が、実際に使われているのかはわかりません(汗)。
レンズ豆は食べたことあるけど、料理の仕方の問題(料理人わたし)か、微妙な味に・・・。
本当はスープじゃなくて肉に添えてらしいですー。
参考:『イタリア幸福の12か月(作者:タカコ・H・メロジー/発行:PHP研究所)』
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