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「……それならそうと早く言え。ちょっとだけなら付き合ってやらなくもない。まぁ俺も日頃のストレス溜まってるしな。少しくらいなら飲む。てめぇのおごりだな?」

 断られると思って絶望で暗かったアンディの顔がパッと明るくなる。

 見た目はそう変わらないが。

 はずんだ声で言う。

「ホント?」

 そしていそいそとバジルの向かいの椅子に座った。

「よかった。バジルならきっと付き合ってくれると思ってた。嬉しいな。飲もう、飲もう」

 本当にホッとしたように目を細くして喜んでいる姿。

 それが自分のおかげだということに。

 自分だけのものだということに。

 自分しか今は目に入っていないということに。

 バジルは胸の奥でほの暗い奇妙に歪んだ喜びを感じている。

 これが自分のせいで悲しい顔をしても苦しい顔をしても嬉しいのだから。

 まともじゃない。

 きっと目の前の相手が知ったらドン引くだろうなと。

 素知らぬ顔で目の前に並んだ酒の林をかきわける。

 ビール、ワイン、チューハイ……。

「ずいぶんあるな。で、アンディ、おまえはどれを飲むんだ?」

 バジルの機嫌も直ったことを察したのか、アンディは先ほどの構えもなく、普通に言う。

「えっと、コレと、コレと、コレと、それからコレも飲みたいし、コレも初めて見たから飲んでみたくて、あとこっちのも美味しそうだから、コレも。それと……」

 バジルはのけ反って驚きの声をあげた。

「まさか全部ってわけじゃねぇだろーな!?」

「え」

 アンディがぽかんと口を開ける。

 それからハッとした様子で、酒を次々に手に取り、難しい顔でうなり始めた。

「うーん……。だって、コレは飲むし、コレは初めてだし、コレは美味しいから……」

 シンと黙して見ているバジルに、選別し終わったアンディが、一本のワインを差し出す。

「はい、バジル、コレあげる。あ、でも、味みたいからちょっとちょうだい?」

 とうとう4回目の大きなため息が漏れた。

「アンディ……。まぁいい。俺の部屋にも酒はある。足りなかったらそれを飲むからな。だがな、アンディ、ひとつ言っておくが……、絶・対・にっ、……吐くなよ?」

 バジルはそこで目を三角にして怒鳴る。

「吐いたら部屋から追い出すからなっ!!」

 ダン!! と拳をテーブルに叩きつけた。

 アンディがビクッと目を丸くする。

 バジルは容赦なく指を突き付けて続けた。

「そんなチャンポンで飲んで酔っ払って吐いてみろ!! とたんに部屋から追い出すからな!? 具合悪かろうがなんだろうが知ったこっちゃねぇ!! もともとてめぇが勝手に来たんだからな!? 清々するわ!!」

 アンディが少しムッとした様子ながらもしぶしぶとこくりとうなずく。

「わかってる……。ボクは酔わないほうだし、大丈夫だよ。それにそんなに酔うほど飲んだりしないし。他人の家で吐くなんてしないって。もし具合悪くなったらすぐここを出るよ」

「本当だな!?」

「うん」

 念を押すと、真面目な顔でアンディがきっぱりと言う。

 その意志の強いまなざしに、少し安心して、バジルは座り直した。

 それでも不安そうにジロジロとアンディを眺めて。

「大丈夫なんだろうな……」

「大丈夫だって言ってるでしょ?」

 しつこいなぁ……と少し不愉快そうにアンディがふくれっ面をする。

 その手元で缶がぶしゅっと音を立てる。

 まずはビールから。

「だいたいバジルはどうなの? 酔っ払わないの? いつもそんなに飲まないけど」

「俺は家でひとりの時しか飲まないことにしてんだよ」

「何ソレ。家でひとりでお酒飲むの? 淋しくない?」

「……そういうことより、アレだ、弱った自分を誰かに見せるなんざご免だ」

「……」

 黙り込むアンディの視線にイライラとしてバジルは立ち上がり、コップを取りに台所に立って……アンディも飲むということは瓶から直に飲むというわけにいかない、そうでなくてもラッパ飲みをする気はないが……棚のコップを取りながら言う。

「みっともなく酔っ払って正体なくした無様な姿なんか他人に見せられるわけねぇだろうが。おまけに理性なくして何をするかわかったもんじゃねぇだろ。そんなところ他人に見られたら弱み握られて後々どうなることか。恐ろしくて飲めたもんじゃないね。だいたい、俺は、酔っ払いは、大・嫌・い・だ!!」

 ダンッとテーブルに勢いよくコップを叩きつけてずいと真顔を近付けて険しく吐き出すと、むうぅ……とアンディの口がへの字に曲がる。

「……これから飲もうってのに嫌なこと言うね」

 怒ってみせたのは最初だけ。

 アンディは『テンション下がる……』といじけ出した。

 知ったことか、と、バジルはワインをコップに注ぎ、用心深く舐めた。

 どうせ安物のワインなので面倒なことはしない。

 こいつと飲むのにワイングラスなんてもったいない。

 いじいじと椅子の上で丸く小さくなって転がるように右に左にと動いてテーブルをつついていたアンディは気が済んだ様子で座り直すとビールの缶を手に取った。

 ごくごくと気持ちよさそうに飲み干す。

 そしてすぐ次の缶に手をのばす。

 バジルは呆れて目をすがめてそれを眺めた。

 そしてあることに気付いた。

「……おい、アンディ。つまみかなんかねぇのかよ? っていうか、おまえ、何か腹に入れてきたんだろうな? この時間だから当然だよな。まさか腹減ってねぇよな?」

 時計で時刻を確認してバジルは一応念のためと問う。

 すると、アンディは酒を飲みながら、ぶるぶると首を横に振った。

「まだ。食べてない。お腹空いてるけど……。あ、そうだ、コレも買ってきたんだ」

 足元のビニール袋を取り上げて、中からガサガサと取り出して、テーブルに並べる。

「ロールケーキ、シュークリーム、ドーナッツ、えっと……プリン、あと駄菓子」

「……」

「好きなの食べていいよ」

「……」

「バジル?」

 バジルの反応がないことに不思議そうに首を傾げてアンディがおそるおそる上目遣いで様子をうかがってくる。

 バジルはコップを握る手に力をこめた。

 これが缶だったら確実に『グシャッ』ってなってる。

「……アンディ。空きっ腹に酒なんか入れたら酔うこと確実だろーが!! 菓子ばっか買ってきやがって。ったく、こんなもんつまみにならねぇよ。しょうがないから何か作ってやる。少し待ってろ」

 バジルはコップを置いてカタンと立ち上がった。

「えっ? バジル、何か作ってくれるの? ホント?」

「ただし文句は言うんじゃねぇぞ!?」

「うん、わかった。わーい、バジルのご飯、楽しみー」

 缶を握るアンディは棒読みだが、心の底からだということがバジルにもわかった。

「くそっ」

 険しく吐き捨ててバジルは台所に向かう。





(つづく)
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