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髪を切ろう事件






 アンディに連れて来られたウォルターは、赤い長い前髪の間から覗く黄色い目を愉快そうに細め、頬を食べ物を詰め込んだリス同様にふくらませ、口元を手で押さえていた。

 押さえていたが、その口元から『ぶぶぶっ』と笑いが漏れている。

 そう、笑っていた。

 檻の向こう、アンディの後ろで、しばらく顔をうつむけて隠していたが……。

 やがて顔を上げると、やたらとキリッとしたいい顔で、きっぱりと言った。

「よぉ、バジル! 髪の毛切りたいんだって? だったらカルロかモニカに頼めよ。あのふたりなら安全だぜ! 俺はカルロをおすすめするね」

 ぱっと言い切って、そこでウォルターは『ぶはっ』とふき出した。

 腹を抱えて『くっくっくっ……』と笑い出す。

 バジルの額に青筋が浮かんだ。

 アンディが『あーあ……』という顔をする。

 とうとうウォルターは『あっはっはっは!!』と笑い出した。

 バジルがぶち切れた。

「アンディ、てめぇっ、この野郎!! こっち来い!! 入って来やがれ!!」

 アンディはそっぽを向いた。

「嫌だよ。バジル、怒ってるじゃん。行くわけないでしょ」

「こういう時だけちくしょうっ……! そこの赤ピーマン頭も笑ってんじゃねえっ!!」

「だってバジルッ……」

 目に涙を浮かべて大笑いのウォルター。

「バジルがおかっぱ……っ!!」

「誰がなるかーっ!!」

 ピクピクとこめかみを引きつらせ、たれ眉の根を寄せ、目をカッと見開いて、バジルはぶるぶると怒りに震える。

 『こいつら、おちょくりやがって……っ!!』と。

 アンディはひとり何事もないかのようにさらっと言う。

「大丈夫だよ、バジル、その長さじゃおかっぱにならないから」

「そういう問題じゃねえっ!!」

「ただ今より短くなるっていうか、坊主頭になるかもしれないけど、清潔でいいでしょ?」

「ふざけんな、アンディ、てめぇーっ!!」

 真顔で言い放つアンディに……ちなみに冗談……バジルが怒鳴る。

 またウォルターが『ひゃっはっは!!』と笑う。

 地下牢は大層にぎやかだった。







「え? 髪の毛? ああ、それなら……」

 牢屋がうるさいと報告を受けてやって来たカルロは朗らかに言った。

「もうすぐ美容師が来る日があるからそれまで待ってくれないか?」

 『え』と聞いていたアンディとウォルターが固まる。

「……そんな日があるの?」

 信じられないというようにおそるおそる訊ねたアンディにカルロは笑顔で言う。

「もちろん、囚人だって、それくらいはするよ。今は彼しかいないけど。放っておくと思ったのかい? そんな非人道的な真似はしないよ。当たり前だろう?」

 バジルはふぅと息を吐いた。

 『しばらくの辛抱だ』と。

 アンディは納得のいかない様子で自分のおかっぱ頭を指さす。

「だって……ボクの時は、そんなのなかったじゃない」

「いや、年齢的にアンディの場合は……それに囚人という扱いでもなかったし……」

 カルロはきょとんとする。

「別に何も問題なかったろう?」

 あうあう……とアンディは口を開いたり閉じたりする。

 だってだって、切ったじゃないか、人の髪の毛をいきなり。

 『人の話を聞く時は~』なんて言って。

 でも文句が言えない。

 モニカにおかっぱに切り揃えられてウォルターに笑われたのに。

 あれはショックだったのに。

 今更だけど……。

 自分が損した気分。

 アンディは肩を落としてうつむいてしょんぼりとする。

 バジルは気の済んだ様子で少しは気分もマシになったようだった。

 逆に釈然とせずなんだか不機嫌なアンディが残った。



 この一件でしばらくアンディはバジルのところから足が遠のいたのだった。





(おしまい)
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