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分かち合うもの






 水の入ったバケツ。ぞうきん。モップ。ほうき。洗剤。

 アンディはきゅっと自分の頭に布を巻いて首の後ろで止める。

 そして『まずは』とほうきで床を掃き出したアンディにバジルが目を吊り上げて怒鳴る。

「アンディ!! 掃除の基本は上からだろ!? まず棚の掃除をしろ!! あと壁も拭け!!」

「ええ、そんな……めんどくさい」

「めんどくさいじゃねぇよぉ、あの天井の蜘蛛の巣が目に入らねぇのか!?」

「あれ飾りだよ、バジル、よかったね」

 あっさりとそんなことを言ってごまかそうとしたアンディに、ずずず……と額に青筋立てたバジルがにじり寄ってくる。

「なら、てめぇにやるわ。よかったな」

「ちょっ……怖い、怖いんだけど、バジル……。その近寄ってくるのやめてよ。何もされない分なんか嫌だ」

「何かできてたら殴ってんだよ、てめぇをな!!」

 吐き捨てて、バジルはアンディから離れ、距離を取る。

「さっさとしろよー」

「あ……なんかムカつくなぁ、もう」

 それでもアンディはほうきで蜘蛛の巣を取ることにかかった。

 思うに他の職員は本当に逆さ数字のバジルを恐れて……手が使えないとはいえ……そうじゃなくても態度も口も悪いし……怯えてろくに掃除ができなかったんだろう。

 バジルがやればいいじゃん……とつい言いたくなってしまうが。

 しかしバジル自身は手が使えないのだ。

 おまけにアンディはバジルの潔癖症をよく知っている。

 ついでに自尊心の高さもよく知っている。

 それが自分に頼んできたのだ。

 しょうがない。

 手のことに関しては少しだけ……そう少しだけ……アンディにとっても無関係と言い切れないものがあるのだ。

 そんなことを言ってしまえばバジルは『俺の勝手だ』と怒るだろうけれども。

 無関係と言い切って遠ざけてしまいたくないものがあるのだ。

 一緒に戦ったんだし。

 その前のこともあるし。

 言えば『とんだ甘さだな』と鼻で笑われるだろうことをアンディは言わない。

 言わずに黙って思っている。

 そしてもろもろのことがあっての結果少しはバジルに親切にしてやろうかなの内心。

 こどもの頃、あの大嫌いの一言では言い切れない場所で、なんだかんだ言って面倒見のいいところのあるバジルに世話されたこともあるし。

 覚えてないだろうけど。

 そんなことを考えながらアンディはぐるりとほうきを持ったまま部屋中を歩き回った。

 もちろん天井のほうを向いたまま。

 すると……

 ドンッ!

 何かにぶつかった、と思うと、どさっと何かの上に倒れこんだ。

 何かと一緒に。

 ほうきが手からすっぽ抜けて飛んでいく。

 感触でベッドの上だとわかった。

 その下に何かある。

 あいたた……とぶつかった額を押さえ、もぞもぞと座り直し、痛みに閉じていた片目をうっすらと開けた。

 ベッドの上に、何かと一緒に……っていうか何かを押し倒す形で……倒れたことはもうわかっていた。

 アンディは目を開けてぱちくりとする。

 目の前に青い目がある。

 目だけではなく、もちろん鼻も、口だって、その他もあるわけで……。

 それが誰のものかは考えずともわかった。

 ついでに言えばそのおでこが何かとぶつかったように赤い。

「……」

 バジルがすごく真面目な顔をしてアンディを見上げている。

 不気味だ。

 この静けさが不気味だ。

 これは謝るしかない。

 アンディは素直に頭に手を置いてペコリと頭を下げた。

「ごめん、バジル……下敷きにしちゃった……」

 おそるおそる言うと、ようやく石のように固まっていたバジルの表情に変化が見られ、額は筋が浮いてピクピクとし、目はカッと見開かれ、眉はせいいっぱいつり上がり、その大きな口は歪められて引きつった。

「……ア……アンディッ……てめぇっ……」

 あまりの恐ろしさに固まったアンディに罵声が浴びせられる。

「てめぇはドジッ子か!? ドジッ子なのか!? ぶつかって人を押し倒しといて『ごめん』の一言で許されるとでも思ってんのかっ!? たとえ可愛い女だろーが『ドジだからぁ』なんてなんの免罪符にもならないわ!! むしろそのことが罪だろーがっ!! なめてんのか!?」

「どうしよう……」

「どうもしなくていいからさっさと退け!!」

 憤然としているバジルを前に……というか下に……アンディは考え込む。

「え、だって、許してくれないっていうから……」

 バジルはハッと嘲笑った。

「責任でも取ってくれるってのか?」

「結婚でもしろって言うの?」

「ぶっ飛んだ思考回路だな!!」

 目を三角にしたバジルがアンディの下でもがく。

「いいから退けっ!!」

「はいはい」

 アンディがわざとゆっくりとバジルの上から下りてベッドの横に立つ。

 手を貸すか迷うまでもなくバジルが上半身を起こした。

 そして腹立たしそうにアンディをにらみあげる。

 アンディはほんの少し自己弁護をしたくなった。

「だいたいそんなところに突っ立ってるほうが悪いんだろ」

「埃がつくと嫌だろうが!! あーもう、我慢できねえ!! 出せ!! こっから出しやがれ!!」

 地団太を踏むバジルに、ショックを受けた青ざめた顔でアンディが呆然として言う。

「そんな……模範囚だと思ってたのに、バジル……」

「そんなこと思ってやがったのか!?」

 『囚ってなんだ、囚って!?』と怒ってわめくバジル。

「冗談だよ」

 両耳を手でふさいで目を閉じたアンディが冷たく言う。

「あんまり騒がないでよ、人が来るよ。無理言って入れてもらってるんだからさ。ボクだって出入り自由じゃないんだよ。今、閉じ込められてる状態なんだからね。終わったら呼ぶように言われてるの。もう掃除途中で帰ることになるよ」

「……」

 バジルは一気に静かになった。





(つづく)
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