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「幼稚園の!」先生の観察日記。




「おい、アンディ。おまえ、なんだよ、今日の休み時間。女とおままごとなんてしやがって。女々しいやつだよな。朝は教室がわからなくて迷子になってるし、昼はぼんやりしてぼろぼろと飯こぼしてるし、さっきだってあの赤い頭の汚いやつに世話になってるし。おまえ折り紙の授業ひとりだけ違うもの作ってたよな。読み聞かせで寝てただろ。歌の時間にひとりだけ外してたぞ」

 ひえぇぇぇ~っ。

 先生はびっくりです。

 立派なストーカーです。

 バジル君はこれだけアンディ君のことを熱心に見ていて自分の授業はしっかりと受けられたんでしょうか?

 恐るべき能力の持ち主です。

 器用です。

 これならいっそ同じ組のほうがよかったんじゃないかと。

 それなら少なくとも不自然ではないので。

 ……しかも、バジル君はちょうどウォルター君がいなくなってから現れました。

 あのうるさい心配性で過保護なウォルター君は、アンディ君にバジル君が近寄るやいなや飛んできます。

 すっ飛んできて、しっしっとバジル君を追い払おうとします。

 アンディ君の番犬っていうか、むしろ縄張りによその猫が入ったのを威嚇して追い払うボス猫のような。

 アンディ君がウォルター君の縄張り内の猫(子分)かというと……。

 そうでは、ない、ような。

 にしても、しかし、世話をしてあげていることは確かですから、ウォルター君は非常にやかましいのです。

 それを避けて、ひとりになったのを狙って、バジル君はやってきました。

 ……一体いつからいたんでしょうね。

 そう思うと恐怖です。

 でもとりあえずこの時点では先生は園児を見守るだけです。

「……」

 アンディ君はバジル君に明らかにバカにされているというのに、真っ直ぐ前を向いて、平然と本を読み続けています。

 ……これを受け入れられているとしたら、ある意味、大きな器という気がします。

 人によっては恐怖からパニックになりそうなものです。

 自分を四六時中見張られているようで。

 落ち着けません。

 それをアンディ君はあっさりと聞き流しています。

 いつものことというように。

 ……すごいです。

 これは将来の大物の予感です。

 たんに面倒だから無視してるだけだったら先生どうしましょう……。

 バジル君は何を言ってもアンディ君が反応しないことにイライラしてきたようです。

 何を言っても自分のほうを見てもらえません。

 そんなやり方じゃアンディ君だって相手をする気にならないでしょう。

 バジル君はやり方を間違えています。

 実にこどもっぽいのです。

 そして、さらに。

 相手をしてもらえないこどもがどういう行動に出るか。

 自分を見てもらうためにどうするか……。

 そんなもの決まっています。

 お母さんが下の子の面倒ばかり見ると上の子がわざと問題を起こす、アレですね。

 物に当たる……。

 この場合、本を取り上げる、とかでしょうか。

 先生がそう思って見ていると……。

 不満げにじっとアンディ君をにらみつけていたバジル君は、おもむろに手をのばしてギュッとアンディ君の鼻をつまみました。

 そしてグイと引っ張って無理やり自分のほうに向けました。

「いたっ!」

 アンディ君から悲鳴が上がります。

 バジル君はそれでも放さず、ニタニタと笑って、アンディ君の顔を眺めて言います。

「アンディ、てめぇ、低い鼻だよなぁ。つまめる程度にはあってよかったな。じゃないと不便だもんな、こういう時に、他人が」

 ……なんて嫌なことを言う子でしょう!

 自分のことを見てほしいのに見てくれないからって、鼻をつまんで無理やり自分のほうを向かせるなんて、そこまでする子がそうそういるとは思えません。

 アンディ君は鼻の痛みにうっすら顔を赤くして、きつく眉根を寄せて、ギュッと目を閉じています。

 もちろんバジル君の手を両手でつかんで一生懸命引き剥がそうとしているようですが。

 少し顔を上向けられているため苦しいのか、息を吸うことに必死のようで、口を開けていますが声を出そうとはしていません。

「……っ」

 黙って顔を赤くして苦しげにしているアンディ君を、急に不思議なものでも見るようにきょとんとしてジロジロ見始めたバジル君は、バンバンと腕を叩かれて我に返った様子でアンディ君の鼻を解放しました。

「……ぷはっ!」

 やっと息が吸えたという様子でアンディ君が大きく息を吸って吐きます。

 鼻をふさがれていたことと、上向けられていたことで苦しかったんでしょう。

 その鼻はかわいそうに真っ赤です。

 痛そうです。

 アンディ君はキリッとバジル君をにらみつけました。

「何するんだよ、バジル!」

 勢いよく非難しようとしますが、今度は頬を指でぐにっとつままれて、横に引っ張られます。

 相変わらずなんだか不思議そうな顔をしたバジル君に。

 アンディ君はびっくりしたようで目を日見開きます。

「いひゃい!?」

「アンディ、おまえさぁ……なんでこんなにぷにぷにしてんだよ。なんか口の中に入れてんのか? ってか、のびるよな、コレ。どこまでのびるんだよ……柔らかいな。なんだこれ」

「……ひはいな、やめ、って……」

 片方の頬をのばしてすぐバジル君はもう片方をつまんで横に引っ張ります。

 ぐにーっと、アンディ君の両方の頬がのびて、頬袋いっぱいに食べ物を詰め込み過ぎたハムスターのような、面白い顔になっています。

 ……正直、先生、ちょっとふき出しそうです。

 もちろんアンディ君は嫌がってジタバタしているので、ここで笑っては先生に『人でなし』の烙印が押されてしまいます。

 ……だから黙って見ていましょう。

 アンディ君の抵抗によるものか、それともバジル君が飽きたのか、アンディ君の頬をつまむバジル君の手が外れました。

「イタタタタッ……!!」

 アンディ君が頬を押さえます。

 そしてさすります。

 痛そうです。

 今や鼻も頬も真っ赤です。

 アンディ君はキッと涙目でバジル君をにらみます。

 そして今度こそ怒鳴ってやるというように大きく口を開けました。

「バジルッ……!!」

 そこに髪をぐいとつかまれて引っ張られ、またアンディ君は痛みを堪える顔をして口を閉じました。

「……っつ!」

 バジル君はアンディ君の金色の髪をつかんで動きを押さえながら、これまた金色の眉をつまみました。

 そのいっぱいに寄せられた眉毛の根を、キュッとつまんで、引っ張ります。

 興味深そうに眺めながら。

「アンディ、眉毛短けぇよな……」

「……それがどうした!!」

 怒鳴ってバシンと手を払い落します。

 ……『それがどうした』。

 先生もそう思います。

 察するにバジル君はアンディ君が可愛くて可愛くてしょうがないのでしょう。

 好きな子ほどイジメたいという、アレです。

 確かに顔を赤くしてぎゅっと目を閉じて痛みを堪えているアンディ君はイジメたくなるのもわかる可愛さですが……。

 残念ながらアンディ君は男の子です。

 それくらいなら女の子に興味を持ってくださいと先生は思います。

 なんとも不毛です。

 理不尽にひどい目に遭ったアンディ君はいい加減頭に来た様子で……いえ、今までも無茶苦茶されて怒っているようではあったのですが、ここまでではなく、今はもうプツンと何かが切れた状態で……カンカンになって怒鳴ります。

 こんなに怒っている彼もめずらしいです。

 今にも暴れ出しそうです。

 被害がバジル君だけに止まりそうにありません。

 教室中に甚大な被害をもたらしそうです。

 机や椅子を振り回し、物を落とし、窓を割り、黒板にヒビを、壁を破り、床に穴を……。

 いえ、もはや教室内ではおさまらないでしょう。

 ガラガラと崩壊する幼稚園。

 ……そんな図を先生は思い描きました。

 赤組の暴れんぼ、小さな怪獣、アンディゴン。

 普段おとなしい彼ですが、暴れる時は大暴れ、破壊魔になってしまいます。

 これはさすがに止めなければなりません。





(つづく)
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