幼稚園ミニ1
「どっち?」
「左」
「ひねったとか?」
「いや……なんかチクチクして」
『足の裏が……』と途方に暮れたような顔でアンディ君は言います。
ひねったわけじゃないということで、ウォルター君はアンディ君の足首をそっとつかんで持ち上げます。
「靴に石でも入ったんじゃねぇの?」
「それはもう調べた」
『入ってなかったよ』と言いますが、ウォルター君は念のためとアンディ君の靴を脱がせて、ひっくり返します。
小石ひとつ落ちてきません。
「ね?」
ウォルター君のすることを見ていたアンディ君は、特に不満げでもなく、自分の言葉が確かめられたのを見ると、首を傾げて言います。
「……よく靴に画びょうが入ってることがあるから、それは最初に確かめたんだ」
それを聞いて、ウォルター君はなんだかぎこちない微笑に似たものを浮かべて、頬にたらりと冷や汗を垂らし、まじまじとアンディ君を見ます。
「……え? 画びょうが? よく靴の中に?」
アンディ君はごく当たり前のことであるかのように平然とうなずきます。
こっくんと。
しかし普通はそんなこと『よく』はありません。
靴の中に画びょうが自然に入ることなどあまりないことです。
そう、自然には。
「……」
アンディ君は特に疑問に思ってないようですが。
明らかに誰かがわざと入れているに決まっています。
顔から表情を消して黙ってそんなアンディ君をじっと見ていたウォルター君は、やがて心底不思議そうにきょとんとして、首を傾げて訊ねます。
「……誰かと『白鳥の湖』の主役でも争ってんの?」
アンディ君が『は?』とぽかんとします。
しかし『靴に画びょうを入れる』なんて古臭いイジメ、昔のバレエ漫画を思い出せます。
っていうか、それしか思い浮かびません。
「意地悪なライバルがいるとかさ」
ウォルター君の頭には、お金持ちで才能もある性格の悪いお嬢様が、清楚で可憐で努力家の主人公をイジメ抜く図が描かれています。
いやいや、それよりも。
……っていうか、イジメられてるんだぞ、アンディ!
大問題です。
これだけハッキリしているのに本人が気付いていません。
焦っているのはウォルター君ひとりです。
「なんでそうなるのさ」
呆れたようにアンディ君は言います。
ここで『白鳥の湖』がどうして出てくるのかわかりません。
画びょうがわざと入れられていることにも気付いていません。
「意地悪なライバル……」
でもそこにはちょっと心当たりがあります。
別に『ライバル』だとは思っていないけれど、自分に対して意地悪な相手。
同じ幼稚園の白組にいるバジル君。
空をにらむようにして相手の顔を思い浮かべ、ふうっとため息を吐きます。
相手の意地悪の数々も同時に思い出して。
「どうしてボクを目の敵にするんだろうね」
「おまえ、なんかしたんじゃねぇの?」
「別に」
あっさりと答えます。
怒らせるようなことは何もしたつもりがないのです。
アンディ君にとっては。
っていうか、少なくともアンディ君自身ならば、相手にしたことで何ひとつ怒るようなことはないわけで。
相手が何故執拗に嫌がらせしてくるのかさっぱりなのです。
だからといって相手も同じだとは限らないわけで……。
どんなささいなことがきっかけになるかはわからないわけで……。
なのですが。
澄ました顔をしているアンディ君に困った顔でウォルター君が言います。
「おまえ……靴に画びょうって十中八九そいつのしわざだぜ?」
「そうなの?」
「そうなの、って……それ以外にありえねぇだろーが!!」
「ふーん……」
目をつり上げて怒鳴るウォルターに、どうでもよさそうにのんびりとそう返して、アンディ君は無邪気にパチパチと瞬きをします。
ウォルター君ががっくりとします。
そこまで熱意のこもった嫌がらせをしてくる相手の感情を無視するようなアンディ君のこの反応。
これがまたムカつくんだろうなぁ……と考えて、頭を抱えます。
相手が可哀想なくらいです。
必死の嫌がらせに気付いてさえもらえないなんて。
アンディ君に悪気はありません。
仕方がありません。
あったほうがましというのはこういうことをいうのです。
そうしたら相手の醜い気持ちも理解できるだろうから。
『何か文句あるなら言えば?』タイプの真っ直ぐな性格もある面では問題です。
ネチネチと嫌がらせをする相手の気持ちがわかりません。
ウォルター君は何かもごもごと口の中で言うにとどめて、手に持っていたアンディ君の靴を逆さにして裏を見ます。
「画びょうが刺さってるわけでもなさそうだな」
「うん」
ウォルター君に見てもらう前にアンディ君は自分で原因を探したのです。
「……となると、靴下か」
ウォルター君はアンディ君の靴を地面に置きました。
そしてアンディ君の足に顔を近付けました。
白い短い靴下を履いた足に。
(つづく)
