とある幼稚園の1日。~お絵描きをしよう! 編~
「へぇ……うちの組を馬鹿にするか」
額に青筋立てたリカルド先生がゆらぁっ……と立ち上がります。
今まで泣いている子の机の横にしゃがんで慰めていた……本人はそのつもりだったのですが他から見るとちょっと違っても……のですが。
リカルド先生のその背中から噴出するどす黒いものに、泣いていたこどもが『ヒィッ!!』とすくみ上がります。
泣く子も黙るリカルド先生。
さすがです。
「言ってくれるじゃねぇか……。うちの赤組の連中が戦いもせずに逃げるフヌケだと? やるか、コラァッ……!!」
その怒りはみんなに広がります。
怒っていなかった者は怒り、怒っていた者はさらに怒り。
クレソン先生がバジル君に鋭い目をくれて、冷たく低い声で言います。
「うちの運動会のかけっこでは、みんな仲良くお手々つないでゴール、なんてねぇからな」
タイム先生もぼそりと言います。
「……まぁ、人間だって動物ですからね」
次に上がったのは、おっと、園児の中からカラス班のジョゼフ君です。
両手を広げて肩をすくめて、見た目冷静に。
すべてを悟りきったみたいに苦い笑みで言います。
「他人を蹴落とさなきゃならない時だってあるさ」
その傍で、くいと眼鏡を指で押し上げたシルヴィオ君が……ちなみに眼鏡が一瞬キラーンと光りました……真顔で真剣に言います。
「女子はともかく、男には雌雄を決しなければならない時があります……!」
ガタンと席を立ったウォルター君が怒りをこめて吐きます。
「男にはやらなきゃならない時がある……!!」
次に熱く席を立って怒鳴ったのはコニーちゃんです。
「女だって!!」
……まぁ、むしろ、競争という点で言えば、厳しいのは女子のほうなんです。
『おおおおっ』と賛同の声が上がります。
どうやらみんなの発言に他の園児たちの勇気も鼓舞されたようです。
うん、うん、とうなずいていたアンナ先生が、閉じていた目を開けて、きっぱりと言います。
「うちの組だってきちんと勝負するわ!!」
宣言します。
「戦う前に逃げてたら本当に負けることはできない。負けを知らなければ本当に強くなることはできないわ。自分の弱さに立ち向かわなければ強いとは言えない!!」
拳を握って強く勇ましく言い切ります。
競争社会を認めます。
真っ向から立ち向かうということです。
また園児たちから『おおおおおっ……』という声が上がります。
赤組、ノリがいいです。
それが次に上がった声に一瞬静まります。
「うちの園長の言葉だ……」
静かに口を開いたのはみんなの言葉を聞いていたリカルド先生。
園児を相手にしているとは思えない迫力で言います。
ちなみに園長とはリカルド先生の姉のラウラさん。
「『野郎なんざ女の前では犬っころでいい。クソの役にも立たないプライドなんざ捨てちまえ。……ただし、牙は失くすな。敵に背中見せてしっぽ巻いて逃げるような情けない真似だけはするな。前から受けて立て! そのための牙は捨てるんじゃねぇ……!!』ってな!!」
……うおおおおおっ!!
歓声が上がります。
最高潮の盛り上がりです。
みんなテンション上がりまくりです。
あれ? 情操教育どうなったの? って感じです。
ちょっと前までライオンの映像に怯えたこどもたちまで、拳を振り上げて、やる気を見せています。
唖然としているバジル君。
アンディ君が横目で見て言います。
「……バジル、どうすんの、これ……」
「……いや……」
そんなこと言われたって困ります。
「おい、アンディ、ぬるま湯……」
バジル君は答えるかわりに問い返します。
自分が原因だとしてもこれは予想外でどうしようもないことです。
アンディ君はげんなりした様子で……今この組で本当に平静なのはもしかしたらアンディ君ひとりなのかもしれません……はぁっとため息を吐いて言います。
「なんで温泉が熱いのかってことを考えればわかると思うよ」
「マグマか……!!」
バジル君が愕然とします。
「下が熱くてさ」
アンディ君はさらりと言います。
そんなやりとりの間も『わああああっ』『おおおおおっ』と歓声は上がり続けています。
バジル君が死んだ魚の目で言います。
「ウゼェ……」
「笑っちゃうよね」
ぼそりと言ったアンディ君をバジル君が振り返ります。
「笑っ……、あ? 笑ってねぇぞ、アンディ、おまえ」
「え、いや、バジルが笑うんじゃないかと思ってさ」
「……」
無表情のアンディ君。
それをジロジロと眺め、それから騒いでいる赤組の面々を眺め、バジル君はハッと笑って、またアンディ君のほうを向いて、鋭くにらみつけて、話します。
もともとバジル君が敵視しているのはアンディ君なのです。
他の連中なんか眼中になくていいのです。
「なぁ、アンディ、爆笑は大勢で笑うことだが、ひとりで笑うことは大笑いって言うんだ」
「……それって、つまり、自分ひとりで勝つってこと?」
ひとりで勝って笑ってやる、と。
正しくバジル君の言いたいことを理解して、アンディ君はそう返します。
どうせ仲間とかなんとか言って赤組はみんなで戦うでしょうけれど。
それでも俺とおまえの勝負だ、と、そう言いたいわけで。
ちなみに、バジル君、個人プレイ派。
っていうか一緒に戦ってくれる相手がいなかったり。
それってたんに『ぼっち』じゃん、っていうのは置いておいて。
「バジル……」
アンディ君がバジル君に鋭い目をくれて真顔でボソッと小さな声で言います。
「それはいいけどさ。最後に笑うのはボクだよ。だって魔王だもん」
その発言にバジル君がギョッとします。
真剣に『だって魔王だもん』と来た。
アンディ君を指差し、まだ騒いでいる面々を向いて、誰へともなく怒鳴ります。
「おいっ、コイツ危険だぞ! 誰か情操教育を施せぇーっ!!」
必死になってしまっているバジル君にアンディ君の『おーい、バジル、冗談だよー』という声は届きません。
(つづく)
