とある幼稚園の1日。~お絵描きをしよう! 編~
「そのガキに情操教育を施せ!!」
ばーい、リカルド先生。
目をつり上げてアンディ君に向かって。
……っていうか、だからそれは、アンディ君に情操教育をということで、つまりは隣のアンナ先生に向けての言葉でした。
言われたアンナ先生は憮然とします。
「……アンディ君に情操教育……?」
うーん……とうなって難しい顔をして考え込みます。
なにしろ、アンディ君は、まったく人の話を聞きません。
どうやって教えればいいのか。
「って言っても、本とかなら自分で読んでるし……」
幼稚園児ですが、わりあいよく読書しています。
それも大人の読むようなものを。
今さら絵本や童話を読んであげたところで。
それに、それこそ、その内容をどうどらえるかという感性の問題の話をしているわけで。
同じ本を読んでも人の思うことなんてそれぞれで。
感動なんて他人に押し付けられるものではありません。
アンナ先生は腕を組んで『うーん、うーん……』と頭の痛いような顔をしてうなり続けます。
見かねて横からクレソン先生が口を出します。
「ほら、やっぱり情操教育といえば、何か生き物を育てるとか……」
目線が教室で育てている魚の水槽のほうに行きます。
他のみんなの目も。
一緒のそちらを見たアンナ先生が、タラリと頬に汗を流して、苦々しげに言いました。
「でも、さっきアンディ君、お魚さん食べたいって言ってたのよね……」
『お魚さん好き?』『食べるって意味で?』のやりとりをみんなに話します。
4人の先生たちが向かい合って沈黙します。
クレソン先生は『あちゃー』というしかめ面をして、リカルド先生はツッ……と気まずそうに目を逸らして、アンナ先生は申し訳なさそうな顔をして。
その場で無表情でいたタイム先生が静かに口を開きます。
「……それなら、情操教育のためのこども用のビデオを見せたらいいでしょう。確かこの前の大自然の映像が……」
タイム先生がリモコンを取りテレビに向けてピッピッとボタンを押しました。
すると、電源が入り、ビデオが再生され、映像が流れ始めました。
草原の中でライオンがシマウマを食べているシーンが。
音声も流れます。
『動物の世界は弱肉強食で……』
シーン。
みんなが黙ります。
倒れたシマウマに食いつき、肉を食いちぎり、おいしそうにムッシャムッシャと食べているライオン……シマウマの体は無惨に裂かれ、肉が見えており、それどころか白い骨まで覗いていて、血まみれで、ライオンの口もその周りも真っ赤で……の姿が大きなテレビの画面に映り出され、たんたんと感情なく説明する声が流れる中、みんなは硬直してそれを眺めます。
『こうしてサバンナでは強い者が生き残り……』
教室にいたこどもたちの中から泣き声がいくつか上がり、タイム先生はいささか慌ててリモコンのボタンを押します。
ブチッ。
画面が黒一色に戻って誰かがホッと安堵のため息を吐きました。
「「「「…………」」」」
4人の先生たちは一様に青ざめています。
「よりにもよってなんてシーン……!!」
もたらされた悲劇にアンナ先生はがっくりとして嘆きます。
「そういえば、コレこの間、ガキどもが泣き出したから途中で止めたんだった……」
クレソン先生が呆然としたままボソリと言います。
「こども用なんですが……」
さすがにタイム先生も焦っています。
「……」
リカルド先生は黙ってアンディ君を見下ろしています。
目が死んでいる。
アンディ君がなんだか暗いです。
実はこの時、アンディ君は『先生たちがそこまでするほど自分は問題視されているのか……』とひそかにショックを受けていて、それで落ち込んでいたわけなんですが。
それを知らないリカルド先生には、とんでもないシーン……残酷な……を見せられて、ショックを受けているように見えてしまいます。
「……まぁ、なんだ、必要ないかもな」
アンディ君を慰めるように言います。
そうです、アレを見てショックを受けるこどもに、情操教育なんて必要ないです。
命が大事なことをちゃんとわかっています。
リカルド先生はそう納得して落ち着きました。
そして教室内の泣いているこどもたちを慰めるように先生たちに指示を与えます。
みんな迅速に動きました。
そんな中で。
黙ってアンディ君の隣で一部始終を見ていたバジル君がケッと笑って大声で言います。
「うちの組なら、あの程度のビデオ、フツーに流すぜ」
アンディ君に向かって侮蔑の視線を投げつけて続けます。
「やっぱり赤組はホントに甘いな。てめぇがぬるま湯にひたりきって平和ボケのフヌケ野郎になるわけだ。……こんなのに負けた俺が恥ずかしいわ。見てろよ、次は絶対に勝ってやる」
実は短距離走でアンディ君に負けたことを根に持っていたりするバジル君なわけですが。
アンディ君はきょとんとしています。
なんのこと?
『勝った』とすら思ってません。
競争していたつもりはないのですから。
他人と比べるものではなく、前の自分より良くなっているかどうかですから、なんにしても。
だからそれは意味がないのです。
「……ああ、そう。がんばってね」
アンディ君はさらっとそう返しました。
他に何を言えばいいのか。
バジル君がムッとします。
「アンディ、てめぇ……」
イラッとして怒鳴ります。
「赤組なんて運動会でこてんぱんにのしてやるからな!!」
「……ふうん」
アンディ君はどうでもよさげです。
バジル君に怒りを向けられたのに。
眠そうに目を半眼にして、少しもカッとした様子はなく、疲れたように。
『っていうか<こてんぱん>って懐かしい響きだよね』なんてのんきに言います。
後はもう口を閉じてしまいます。
バジル君は余計にイラッイラッします。
「……まぁ、どうせうちの白組の不戦勝になるだろうけどな。こんな『みんなお友達』仲良しこよしの甘ったれの赤組の連中なんてどうせ勝負もしねぇで逃げるんだろ? もうやるまでもねぇよ」
「……」
挑発にもアンディ君は乗りません。
っていうかたかが運動会でそこまで熱くなれるのって……みたいな。
しかし、黙っていられないのは、それを聞いていた赤組の他の面々だったりしました。
(つづく)
