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とある幼稚園の1日。~お絵描きをしよう! 編~




 ウォルター君とリカルド先生のもめる様子にみんなの注目が集まっている中……。

「アンディ、お魚さんはいいから! 後で好きなだけ描いていいから!! お願いだからテーマの『みらい』の絵、何か適当に1枚描いてよ」

 顔をギリギリまで近付けてアンナ先生が懇願します。

 『ええーっ』とビクついて精一杯体を後ろに傾けてアンナ先生から距離を取っていたアンディ君はそれでも言います。

「でも、ボク、今は魚が描きたいんだってば」

 いい度胸です。

 殴られるかもしれないという危機感はのけ反っていることからもわかるのに、それでも自分を曲げません。

 きちんと主張します。

 幼稚園の先生からしてみればまことに扱いづらくて厄介なこどもです。

 こどもはたいてい生意気ですけれど。

 アンディ君たらとびきりです。

 実は、アンディ君からしてみれば、『適当に』という言葉にムッときていたりするのですが。

 自分のことなのに他人に『適当に』なんて言われる覚えはないってわけで。

 なんとなく自尊心が傷ついたってところですが。

 だから余計に嫌だったのです。

 ですがアンナ先生は気付いてません。

 必死の形相から一転、ニコニコと笑みを顔に貼り付けました。

「ん~っ?」

 それは顔に横に線を引いてグラデーショントーンを貼ったアレです。

「んん~っ?」

 ずもももも……と背後から黒いものが噴出しています。

 アンディ君の顔が引きつります。

 冷や汗が流れます。

 明らかなアンナ先生の怒りのオーラに怯んで。

「あの……」

「んんん~っ?」

 たじろぎながらも一生懸命何か言おうとしたアンディ君は、アンナ先生の顔がもっとずいっと近付いてきて、その迫力に椅子を立たんばかりです。

 アンナ先生は恐ろしい笑みを浮かべたまま、ぽんっとアンディ君の頭に手を置きました。

 撫でるのではありません。

 つかんだのです。

 ボールをつかむようにアンディ君の丸い頭をぐわしっとつかみ、逃げられないようにして、ニッコリしたまま最低限まで低められた声で言いました。

「わがままもいい加減にしろ。こっちはアンタひとりにかまけてるわけにはいかないんだ! さっさと描くもん描け!!」

「……」

 アンディ君がムスーッとします。

 強制されてさせられることのなんと嫌なことよ。

 っていうかテーマが決まってることの意味がわからない。

 目的がわからない。

 上達するためじゃないんだし、個人個人好きなもの描けばいいと思うんだけど。

 授業だから『適当に』描きたくないもの描かせられるなんて。

 他に描きたいものがちゃんとあるのに。

 いったいなんになるっていうんだ。

 おまけにこんなにそれで怒られるとか。

 なんで先生の都合に合わせなきゃならないのか。

 もやもやもや……。

「ほら!!」

 横から魚の絵を退けてアンナ先生が白い画用紙を差し出します。

 パンとそれをアンディ君の机に置きます。

「……」

 無言でそれを眺めて、アンディ君はアンナ先生を見上げます。

 そして真顔できっぱりと言います。

「未来なんて、白紙でいいんだよ」

 本気です。

 心の底からそう思っています。

 だから真剣に大真面目に自信たっぷりに言います。

「描かれるのは後からさ」

 アンナ先生が『はぁ……』と疲れたため息を吐きます。

「それはそうかもしれないけど……ってか、アンディ、道がけもの道だろうと道なき道だろうとかまわないってことね?」

「うん」

 今度もアンディ君ははっきりと答えてうなずきます。

 その隣では無計画男がわいわい騒いでいます。

 アンナ先生は腰に手を当ててしばらく困惑顔で悩んでいましたが、やがて理解を見せながらもやさしく言いました。

「それでも、一応みんなやらなくちゃいけないことだから、何か描いてくれる? それらしいならなんでもいいから。そうしたら後は好きなもの描いてていいわよ。1枚だけ提出すればいいんだし」

「……うん、わかったよ」

 その頃にはアンディ君も諦めて、こっくんとうなずき、絵の具を取り出します。

 『よかったよかった……』とアンナ先生がホッとして心の底からの笑みを浮かべます。

 ……が、すぐにそれが引きつります。

「!?」

 アンディ君は真っ赤な絵の具を手に取ると、それをベチャッと直接自分の手のひらに押し出し、絵の具を置いて両手を合わせると、ぐちゃぐちゃとこすり合わせて、手の隅々まで赤い絵の具を広げました。

 そして、呆気にとられて見つめているアンナ先生の前で、勢いよく『バンッ!!』と机の上の画用紙にその手を叩きつけました。

「……」

 シーン。

 しばらく待って、アンディ君はゆっくりと手を持ち上げました。

 白い画用紙に、見事な赤い手形が。

「……これでじゅうぶんでしょ?」

 アンディ君はじろりとアンナ先生を見ます。

 何か文句あるかと。

 実はちょっと根に持っていたのです。

 自分は『適当に』描くつもりはない、と。

 呆然としていたアンナ先生が脱力します。

「アンディ、アンタって……」

 もう済んだとアンディ君はすっきりです。

 でも困ったように自分の両手を見ます。

 両手が真っ赤です。

 また魚の絵を描くにしても、これでは。

 手をうろうろとさまよわせたところでアンナ先生に怒鳴られます。

「あーもうっ! アンタは汚してばっかで……。こら、服でふくなっ! ああっ、あちこち触るんじゃないわよっ! ちょっとこっち来なさいっ!!」

 強制連行。

 アンナ先生に手首をがっしとつかまれ、椅子から引きずり上げられ、手を洗いに連れて行かれます。

 教室を横切る最中に運悪くアンディ君に気付いてしまった園児は、その真っ赤な手のひらを見て泣きそうです。

 ちょっと血まみれに見えるので。

 ……机の上にはベタッと赤い手形のついた1枚の画用紙が残されました。





(つづく)
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