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レオいず


はじめに

この本は個人的に作られたファンブックです。原作・出版社・その他関係者様とは一切関係がありません。内容に関してはフィクションであり、実在のものとは一切関係がありません。また、同人をご存知ない一般の方や関係者様のお目に触れないようご配慮をお願いします。

※原作の設定とは異なるパロディ表現があります。また、それにともない凛月→レオの呼び方を捏造しています。ご注意ください。



淡紫のリモニウムを貴方に
作曲家月永レオ×バーテンダー瀬名泉


眠らない街、銀座。芸能人や政治家、財界人の社交場となっているその街の外れにある一軒のバー。それが俺の職場だ。
自称吸血鬼のオーナーが営むそれは、オーナー兼マスターの朔間零とその弟である〝くまくん〟こと朔間凛月(ちなみにこちらも自称吸血鬼である)そして俺の三人で回しているこじんまりとした店。
それにもかかわらず足を運んでくれるお客様が多いのは、マスターが提供するカクテルとくまくんが気まぐれに奏でるピアノの音色が訪れた人の心を掴んで離さないからだと思う。
マスターの作る基本のレシピを大切にしながらも遊び心を忘れないカクテルはいつも新しい発見と驚きをくれるし、バーに流れるピアノの音色は非日常感を醸し出しながらも落ち着いた空間を作ってくれる。
だから、一度でも来店したお客様は常連客になってしまうのだ。まぁ、店員のルックスが異常に良い、というのも理由の一つになってはいるのだけれど。
そんな諸々の理由のおかげでオープンしてからわずか数年、歴史もへったくれもないこの店もそこそこ景気が良い。

今日来てくださった常連様とのやり取りを反省しながら私服に着替え、1人暮らしのマンションへ帰るためにバーの最寄り駅への道のりを歩いていると、ぽつり、と肌に冷たい感触。

あ、まずい降る

そう思って鞄の中に入れておいたはずの折り畳み傘を探そうとすると、何かが俺の足元に影を作った。それと同時に示し合わせたかのように雨が本降りになる。

「おい〜っす、セッちゃん。間一髪だったねぇ」

「あぁ、くまくんか。びっくりした。助かったけどいきなりどうしたのぉ?」

「あのクソ兄者がセッちゃんに伝え忘れたことがあるって言うから、傘を渡すついでに伝えに来てあげたの。セッちゃん、折り畳み傘店に忘れてったでしょ?」

そう言われて俺とくまくんを雨から守ってくれているものに視線を移せば、それは確かに俺の折り畳み傘だった。
店で鞄の中身を整理した時に入れ忘れてしまったらしい。

「別に明日でも良かったんだけど、なんか今日は降る気がして持ってきてあげたんだよね〜。俺達吸血鬼は流れる水が苦手だから、そういうのにも敏感なの」

まぁ、こんなに早く降り始めるとは思ってなかったけど。ちょっと焦っちゃった。
そう言いながらくまくんが俺の隣に並ぶ。

「くまくん、あんた帰りはどうするの? その様子だと、自分の傘は持ってきて無いんでしょぉ?」

「う〜ん、どっかその辺で適当にかってかえろうかなぁ」

「……あんた今お金持ってんの?」

くまくんのことだから、と心配になって訊ねれば

「あー……そう言えば持ってきてないや」

と返ってきた。思った通りだ。まったく、財布ぐらい持って出なよねぇ……。
仕方ないから俺が買ってあげる、という旨を伝えれば、100円ショップの傘で良いと言うので一緒に駅に向かうことにした。確か駅ビルに100円ショップが入っていたはずだ。

歩くこと数分、100円ショップに着いて傘を購入した所で、くまくんが伝言がある、と言っていたことを思い出す。

「そう言えば、伝言って何だったの?」

「あ、伝えるのすっかり忘れてた。えっとね〜、つーくん、また旅に出るんだって。せっかく瀬名くんに月永くんのこと紹介出来たのに寂しくなるのぅ。だってさ。……それじゃぁ俺は伝え終わったから帰るね〜、傘ありがと〜」

そう言い残して人混みの中に消えていったくまくんを見送って、電車に乗り込んだ。


──出会ってまだそんなに経ってないうちから俺の生活にするりと入り込んできたあの男が、居なくなる。





6月の梅雨真っ盛り。少しせっかちな台風が関東に接近していたあの日、俺はあいつ──月永レオと出会った。
いや、拾ったと言う方が正しいかもしれない。なんせ、初めて会った時のあいつは、降りしきる雨の中大胆にも道中で眠っていたのだから。
そんな状態のれおくんを見つけたときは、心底驚いたし、狼狽えた。
ピクリとも動かないから、死んでいるのかと思って警察に連絡しかけたほどだ。
だけど、くまくんが時々死んだように眠っているのを思い出してそろそろと近付いた時に、れおくんが小さく寝息を立てていることに気が付いて、たまたま近くにあった俺の勤め先のバーに連れていくことにした。
いくら小柄とはいえ、意識の無い男をたった1人で引っ張って行くのは至難の業だったが、あのまま放っておいて死なれでもしたら後味が悪いので死ぬ気で頑張った。今考えても、なんで無事連れて行くことが出来たのか分からないから、あれが火事場の馬鹿力ってやつなのかもしれない。
やっとのことでバーに連れて行ったら朔間兄弟の知り合いだったことが発覚して、その日はそのままれおくんを預けて帰った。
後から聞いた話によると、何年かぶりに日本に帰ってきたは良いものの、道もわからない、日本円は殆ど持ってないで行き倒れていたらしい。ほんと、ばっかじゃないの。

そんなこんなでよく店に来るようになったれおくんと話すようになって、お互いの家を行き来したりしている内にいつの間にか好きになっていた。なんでこんな奴、と思わなくもないが、好きになってしまったものは仕方がない。れおくんの生み出すきらきらした世界に惹かれて、こいつには世界がどんな風に見えてるんだろうって、こいつと同じ世界を共有してみたいって思った時には多分もう、恋してた。
まぁ、くまくんに指摘されるまで気が付かなかったんだけど。
でも、気が付かなかったのも無理はない。俺はれおくんに出会うまで人をそういう意味で好きになったことなんて1回たりとも無かったし、ましてや相手は男。自覚した時にはずいぶんと戸惑ったものだ。
だけど、それから数ヶ月経って、やっとれおくんへの気持ちが俺の生活に、心に馴染んできた……はずだったのに。

れおくんが旅に出る。しかもいつ帰って来るのか分からない、そもそも帰って来られるのかさえも分からない旅に。
それは俺にとっては到底有り得ないことだ。
だけどあいつなら、れおくんなら、言葉だって通じるか分からない、そもそも公用語が何なのかさっぱりな所でも一切躊躇せずに飛び込んで行ってしまうのだろう。
『音楽で人は繋がれる!』
とか言いながら。なんだか、俺とれおくんは全く違う世界の人間なんだと言い渡されたみたいで、急にれおくんを遠くに感じてしまう。いや、きっと最初からそうだったのだ。一緒に居ることが自然になって忘れてしまっていただけで。
世界を股に掛ける作曲家としがないバーのバーテンダー。生きる世界が違いすぎる。


──いつかあいつは、俺のことなんて忘れてしまうのだろうか。


不意にそんな考えが頭をよぎった。あいつは、俺のことを綺麗だ、大好きだって言ってくれるけど、世界にはこんな捻くれた、自分のことばっかりの俺なんかよりももっと愛すべき人がいる。
思い返せば、一緒に過ごした時間だって半年も無いくらいだ。この先何年も会わなければ、忘れられてしまっても仕方のないこと。頭ではそう分かっているし割り切れているつもりなのに、れおくんにだけは忘れられたくない、と足掻こうとする自分が頭の片隅に居るのをどうしても見なかったことには出来なくて、一体俺はどうしたら良いのか分からなくなってしまう。今までは自分の感情くらい自分で折り合いを付けられていたのに。
どれもこれもあいつのせいだ。だけど、れおくんならこんなぐちゃぐちゃな感情さえも音楽に昇華してしまうのだろう。本当に、つくづく敵わない。

そうやって感傷に浸っていると、隣に立っていた女子高生らしきグループがにわかに騒がしくなって、思わず彼女たちの様子を窺えば、浮き足立ったような声が聞こえてきた。
どうやら、恋バナとかいうやつをしているらしい。他人の色恋沙汰になんて興味は無いし、いつもなら出来るだけ聞かないようにするのだが、タイミングがタイミングなだけについ意識がそちらに向いてしまう。
人様の会話を盗み聞きするのは良くないから、音楽でも聞いてきを紛らわそう。そう思ってイヤフォンを探したが、家に置いてきてしまったらしく見当たらない。今日1日で2つも忘れ物をするなんて自分で自分が心配になる。
仕方がないので心の中で彼女たちに謝って、彼女たちの会話に耳を傾けることにした。




──え!? あんた、告白するの!? いやいやいや、反対してるとかじゃなくてね。ついこの間まで『絶対脈無いから無理! 告白なんてしない!』って言ってたからさぁ、びっくりしただけ。急にどうしたの?何かあった?

──いや〜、特に何かあった訳じゃないんだけどね。先輩もうすぐ引退しちゃうじゃない? このまま何もしなかったら、ただの部活の後輩Aとして先輩の記憶から消えて行っちゃうんだろうなって思って……。
ほら、私って特別先輩と仲良いわけじゃないし。それなら、いっそのこと告白しちゃおうかなぁって。告白すれば、振られても多少印象に残るかなって。
上手く言えないけど、私、どんな形でも良いから先輩の記憶に残りたいの。今更だけど。



〝相手の記憶に少しでも残るための告白〟
なんて自分本位な考えなのだろう。そんなの、ただの自己満足だし、気持ちの押しつけだ。
だけど、今の俺には彼女の気持ちが痛いほど分かってしまうし、彼女の言葉を聞いた時
『その手があったか!』
と思ってしまったのも事実ではある。
それに、れおくんなら、この気持ちを伝えても真っ直ぐに受け取ってくれると思うから。少し狡いけど、その気持ちに甘えてみるのも良いかもしれない。
それに、いつもはれおくんに振り回されっぱなしなんだから、これぐらい許して欲しい。

男から告白されるなんて滅多に無いことだろうし、さぞかし驚くだろう。きっと、一生俺のことを忘れられなくなるはずだ。それに加えて、驚いたれおくんが、その驚きを曲になんてしてくれたらもう百点満点。
そんなことを考えていたら、悪戯を仕掛ける前のようなわくわくした気持ちになってきた。
早く、あいつの驚いた顔が見たい。
そう思って、いつもとは違う駅で電車から降りる。
新たな目的地はれおくんの家。
さっきまで降っていたはずの雨はいつの間にやらすっかりあがって、頭上には清々しい秋の空が広がっていた。





──淡紫色のリモニウムの花言葉

知性・永遠に変わらない・変わらぬ心・変わらない誓い・いたずら心・驚き


奥付
星の詩/やよい
uuu3yayoi@yahoo.co.jp
Twitter:@noza_hori
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