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野崎くん(NL)

夏の焦げ付く様な暑さも影を潜め始め、肌を撫でる風が心地よくなってきたある日。
3年生のお姫様方に連れられて、3年の教室の廊下に佇んでいると、男子の先輩方の話し声が聞こえてきた。声の調子からして、きっと恋愛話だな、なんて思って野崎に一生懸命に恋をする千代ちゃんを思い出す。野崎は、堀先輩の一番の後輩の座を脅かすライバルだけれど、他の誰でもない千代ちゃんの恋のお相手だから嫌いにはなれない。野崎のことはよく分からないけれど、千代ちゃんが好いている相手、きっと良い所があるのだろう。

なんて考えていると、男子の先輩方の間から決して聞き逃せないワードが聞こえてきた。


        「堀」


その名字を私が聞き間違えるはずが無い。こう言った話に聞き耳をたてるのは失礼に値すると分かってはいるのだが、堀先輩の話だと思うと居ても経っても居られなくなり、先輩方の会話に耳を傾けた。

先輩方も大きな声で話しているわけでは無いので多少聞き取りにくかったが、その中で嫌にはっきりと耳に届いたのは、





「堀にもとうとう好きな奴が出来たらしい。」






という一言だった。




堀先輩に好きな人?堀先輩に?ほりせんぱいにすきなひと…すきな…ひと…



頭の中でその一言がぐるぐる回る。
文章としての意味はまかり通っているはずなのに、理解出来ない。いや、若しかしたらしたくないのかもしれない


頭の中が意味の無い文字の羅列で埋めつくされて行く中で、堀先輩との思い出がまるで音のないビデオテープのように思い出された











私が堀先輩に出会ったのは、学校見学会に行った時の演劇部の公演だった。よく通る少し低めのカッコイイ声、小柄ながらも確かな存在感を示す演技力。その時受けた衝撃を私は忘れることができない。

〝この人にもっと近づきたい!〟

その一心で志望校を変更し、ここ、私立浪漫学園に入学した。そして、入学式で堀先輩に声をかけてもらい予てかねての希望通り演劇部に入部したのだが、残念なことに、入部してすぐ堀先輩は舞台に立つことをやめ、部長として裏方に徹する事になってしまった。しかしながら、面倒見の良い性格と、いつも冷静で誰にでも平等な態度で接する姿から周囲から多くの信頼を寄せられていた。

 
 だからだろうか、堀先輩に対する敬愛が恋情に変わるまでさほど時間はかからなかった。

 
 自身の恋心に気が付きながら、私がなんの行動も起こさなかったのは、今の関係を壊したくなかったからだ。少しバイオレンスで、刺激的な、今の関係を壊してしまうのが怖かった。先輩はきっと私のことなど手のかかる後輩ぐらいにしか思っていない。そう思ったから、「1番カワイイ後輩」という立場に甘えて、このぬるま湯に浸かり続ける事を決めた。

なのに…堀先輩に好きな人?多少想定はしていたけれど、現実に突きつけられるとやっぱり、結構くる。もしかしたらもう潮時なのかもしれない、そう思った。だって、もし堀先輩と好きな人が成功して両思いになったら?付き合い始めたら?1番カワイイ後輩なんてきっと忘れ去られてしまう。「1番カワイイ後輩」なんて、所詮「カノジョ」には敵わない。みんなに信頼される堀先輩は他人から見ても凄く素敵な人なのだから、好きな人と付き合い始めるのも時間の問題に違いない。
それならいっそ…。私は密かにある決意を固めた。
 
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