第二章
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小さい頃から時々変なものを視た。他の人には視えないらしいそれらは、おそらく、
第二章 露神の慕情
「だーかーら!銀さん頼みますから押し入れで寝てください!」
「お前はバカですか?俺ァドラえもんじゃねェんだぞ!何が嬉しくてあんな狭くて寒ィ所で寝られるかボケ!」
「ドラえもんみたく猫型になれば広いでしょう?!ソファも嫌、押し入れも嫌って…居候なんですから贅沢言わんで下さい!」
「そう言うオメーもババアん所の居候だろーが」
「ババアってお前それはお登勢さんの事かァァ!!失礼でしょーが!それに私は居候は居候でもちゃんと家賃分はお手伝いしてるんです!銀さんとは違うの!」
「…ヒモ(ぼそっ)」
「ぶっ飛ばすぞコラァァ!!」
私が"友人帳"を手にしてから早三日。早々に日数が過ぎていた。あの騒動の後、つまりひしがきに名前を返した後で、私は家路の途中で倒れたらしい。らしいというのは他でもない。私の記憶が途中で途切れているからだ。銀さん曰く、道端に倒れた私をやっとこさ抱え込んで、二階の窓から和室に運び入れてくれたらしい。そうして布団に放り投げた所で、タイミングが良いのか悪いのか、夕食に降りて来ない私を探しに来たお登勢さんが、布団に突っ伏した状態の私を見付けたそうだ。動揺しているお登勢さんに、人型の銀さんは視えないらしく、機転を利かせた彼が裏声で大丈夫な旨を伝えたらしい。そこから私は二日間眠りっぱなしだったそうだ。漸く目が覚めた朝、涙目で心配したとお登勢さんに頭を撫でられた所からは覚えている。誰かに心配された事なんて殆ど無いに等しかったから、あの出来事の緊張が解けたのか安堵からか、目に涙が溜まる。お登勢に心配を掛けてしまった事と、自分の不甲斐なさの気持ちを込めて、謝罪と感謝の言葉を口にした。本当に、良い人に出会えたと思う。じんと感慨に浸っていると、拾い食いなんて何してんだい、と言ったお登勢の言葉に私は溢れそうになった涙を引っ込めた。何て事を言ってくれてんだ銀さん!そして冒頭、そんな銀さんと私が何を口論しているのかというと。今朝目を覚ました時、一番始めに見た顔が銀さんだった。それも人間に化けて、彼は私の布団にちゃっかり潜り込んでいらっしゃったのだ。つまりは添い寝。人間の姿はお登勢さんに視えない為、私の環境でいう(※黙っていれば)男前の部類に入る銀さんを、至近過ぎる距離で見詰めてしまい思わず出そうになった悲鳴を必死に両手で押さえたのだった。お登勢さんにはやはり食中りで吐くのかと新聞を敷いた洗面器を頂いたが。…とても複雑である。そんな私を差し置いて、銀さんは寝相悪ィぞと起き出しに屁をこいた。惜しげもなく発揮される彼の性格に目眩がする。一応思春期真っ盛りの私である。だから今朝みたいな事は極力避けたかった。そこで銀さんの寝床にと提案したのだが、上記みたく見事速攻で却下されたのだった。青い春の真っ最中、妖相手に胸を高鳴らせている方がどうかとも思いはするが。化けるなら別にそんな成をしなくてもいいと思いますどーですか!という抗議も、添い寝されんなら男前がいいだろ、いや、銀さんはちょっと…、いい度胸だクソガキィィ!とまあ、口一枚上手の彼に上手い具合に丸め込まれてしまったのだ。最終的には殺気を溢れさせながら木刀片手に上下関係はきっちりさせねぇとなァ、と言われでもすれば、チキンな私はひたすらご機嫌取りをするしかなかったのだが。チクショー!下克上ってアリですか!結局、寝る布団は一緒になったがただしあの猫の姿でとの事だ。銀さん相手に自分でもよく頑張ったと思う。偉かったぞ、私。
「はあ…」
「なまえ大丈夫?まだ顔色悪そうだけど」
「大丈夫、心配ないよ…」
そして学校からの帰宅時、私は別の意味でため息を吐いていた。いるのだ、すぐそこに。こちらを振り返り心配してくれる友達のすぐ真横に、角の生えた妖怪が。何かを訴えるように此方を凝視している。どうせまた友人帳絡みか何かか。あの契約書の束を手にしてからというもの、名前を返してもらいに訪ねてくる妖怪が爆発的に増えた。今朝も登校前に五m歩く毎に声を掛けられ、対応に慣れない私はおかげで遅刻しそうになった。寝こけていた二日間はなんと銀さんが追い払っていてくれたらしいが、気の利く様に聞こえるコレだって彼の事だ。友人帳をなるべく減らさないまま手に入れたいからなのだろう、きっと。だって起きたての私相手に、チッ、惜しかったか、と、彼は舌打ちをしやがったのだ。…長老、下克上スキルってどこで身に付けれるんですか…。
「吉田松陽殿ですね」
帰宅路で友達と別れ、漸く一人になった途端、人混みを縫って、なるだけ人目に付かない路地へと入ればコレである。随分と長い間付いて来た相手に、思わずご苦労様と労ってやりたくなった。だが相手は妖だ。気を抜く事すらままならない。
「…あの、先生はもう亡くなって、」
「松陽殿、噂に聞く"友人帳"をお持ちでしょうか」
「え…?」
ぞわり、と背筋が粟立った。妖怪の角が瞬く間に伸び、先端が鋭く尖る。まずい、こっちは力ずくで名前を取り返す方か。じり、と後退りし始めた私の隙をついて二本の角が空気を突き抜けた。刺されると咄嗟にしゃがみ込んだ為肩を射抜かれずには済んだが、代わりに制服が嫌な音を立てて犠牲になった。服の両肩を家壁に縫い止められ身動きが取れない。
「っぶな…!」
「さあ、お寄越し"友人帳"!寄越さねばお前を喰ってやるぞ!」
縮む角に反比例して、妖怪との距離が近くなった。出された紫の舌が毒々しい。って言うか制服に穴開けやがってこの阿呆!
「!」
その時私は気が付いた。遠目にもはっきりとわかる、あのくるっくるの天然パーマ。片方だけに流した着流しは、絶対あの人に違いない。
「銀さん!」
「…あ?」
平手で壁を殴ってできるだけ大声で呼ぶと、彼は小指で鼻をほじりながら歩み寄ってきてくれた。片手に持つ紙袋がとても気になるが、今はそれどころではない。いや、内心あの手で此方へは近付いて来てほしくないのだが、贅沢を言ってられる場合でもない事は確かである。
「これ!この妖怪何とかしてくれませんか!」
「えー?俺パス」
まさに一刀両断。固まる私を余所に彼は来た道を戻り行ってしまった。その途中、ちらりと見えた紙袋の中身にもまた愕然とする。パチンコ行ってたのか…!あの野郎…!いや、落ち着け私。分かってた。分かってたじゃないか私。ああもうああいう人だって分かっていたのに、期待した私が馬鹿だった!この哀れな状況が遣る瀬なくて、腹いせに妖の舌を思いきり引っ張ってやる。痛みに怯んだ隙に全体重を乗せた足で顔を踏み込んだ。角の抜けた隙を突き、悶絶する妖の脇から鞄を拾ってその場を後にした。こんな私でも、今まで生きてこれたのだ。あの人に頼らなくても、きっと大丈夫。背筋を伸ばし装いを正す様に颯爽と歩きながら、一人でそう決意した。一人でも友人帳を守ろう。自身に固く誓ったというのに、何故か酷く悶々とする。帰りに二匹、結局名前を返しよろよろとなりながら帰宅した。何をする気にもなれず、下の階でお登勢さんに声を掛け部屋で寝転がる。すれば、玄関先で聞こえる声がした。
「松陽殿、御免下さいまし」
…妖か。妖達は何故か私の事を松陽と呼ぶ。彼の名で話し掛けられれば大体が名前当てだとすぐに察知できる様になったのだが、私は先生じゃあないと時折説明したくなる。だがそれも一度きりの話だ。大抵名を返した妖は姿を見せなくなる。だからもう構わないと気に病まなくなった。まあ、突然襲ってくるのは勘弁してほしいが。
「また名前を返したのか?」
「…ええ、まあ」
ぐったりと床に這い蹲ったまま目線を上げると、案の定ダルそうな銀さんがいた。相変わらず、景品の紙袋は彼の腕の中にある。
「つまんねぇなァ。減ってく一方じゃねぇか」
「…悪うございましたね」
自分でも思いの外低い声が出て内心驚いた。けれど銀さんは別段気にする素振りも見せず、気にしているのは自分だけなのだと思い知らされまた悶々とした思いが湧いてきた。もういい、銀さんなんて知るか。もう一回封印されてしまえバカ。完全なる八つ当たりなのだが、自室なのに少し居心地が悪いこの部屋に息が詰まる。人の姿で私を跨いで、彼はリビングから玄関へと歩いて行った。丁度そこへお登勢さんの声が掛かり、私も次いで彼の背を追う。玄関までの廊下道、態と足音を大きく立てて歩く私に、銀さんは振り返らずにゴジラですかコノヤローと一言だけ口にして手洗い場の扉を閉めた。…もうホントに知らんからなバカ!!