第一章
夢小説設定
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そこからは場面が目まぐるしく切り替わっていった。四季は折々流れていったけれど、一つ目はいつも同じ場所にいた。雨の日も雪の日も、あのお地蔵様の前に、先生と初めて出会った場所で彼を待っていた。何十回も何十回も、朝と夜が過ぎていったけれど、終ぞ、二人が再会する事はありやしなかった。
『松陽、松陽──…』
『ああ、今日も呼ばないのかい?』
『さみしい、さみしい、前よりずっと』
『かえせ、かえせ』
『どんなに待っても呼んでくれないなら──…』
ぱちん。
「"ひしがき"」
墨色の文字がしゅるしゅると掠れた音を伴って、ひしがきの額へと吸い込まれて行った。淡い光が満ちる中、ひしがきの手が何かを捜すように掻き分けて来る。段々と此方に近づいてきたその手は、初めて触れられた様な嫌な感じはしなかった。
「松陽、」
頬を、先生が怪我を負っていた箇所をそっと撫でられる。壊れたものを労るような力加減で、老人の様なひしがきの手は、ずっと、私が思っていたより柔らかく温かかった。
「もういいのかい?もう、一人でも平気かい?」
ひび割れている声。何故かそのひしがきの声がじんわりと身体に沁み入ってくる。
「先生は、きっと独りじゃなかったよ」
あなたがいてくれたから、あなたが守ると言ってくれたから。だら先生は、独りじゃなかったんだ。
「ありがとう、ひしがき」
ゆっくりと、名残惜しそうに手が離れた。ひしがきの姿が光に溶け込むように薄れていく中で、微笑むように一つ目が細められた。パチン、というシャボン玉が弾けるような乾いた音を立てた後、ひしがきは光と共に消えていった。けれどこれは別れじゃない。心優しい先生の友人は、きっとあの場所で暮らしているのだろうと思う。彼に再び会える日を。また、いつか本当に、
「先生には会えたか?相変わらずの世話焼きだったろ?」
「ええ、私が知ってる昔とちっとも変わってなかったです。でも、やっぱり優しくて心が綺麗でした」
「嬢ちゃんと違ってな」
「はい…って、ちょっと銀さん!今何て言いました?!」
世話焼きの先生は、妖を更正するその反面、友人帳を取り返しに妖達が自分の所へ訪れるのを待っていたのかも知れない。常に寂しさを背負う優しい先生の、自分と同じ妖達が一匹でも寂しくないように。さっきの妖達は、そんな中の一匹だったのだろう。
「そう言えば銀さんは、この中に名前あるんですか?」
友人帳を指差して問うと、前を歩く銀さんは足を止めて少し考え首を横に振った。
「いんや、俺の名前は昔から、ねェよ」
口元だけ引き上げて、銀さんは夕日を背にそう曖昧に笑っていた。先生には友人帳を引き取ってくれる人などいないだろうと、そこで銀さんがそれを預かるつもりだったと。そこへ私が現れ引き取っていったのだと言う。封印されていた彼が何故?未だ頭に?を浮かべる私に、彼は気にすんなと頭を掻いた。
「やれるか?なまえ」
山際に呑まれる日のように、真っ赤な紅の瞳が私を射抜く。猫になっても人に化けても、この色は健在だった。きっとこれが、彼が彼である象徴なのだろう。
「やりたい、です」
ぐーたらしてて死んだ魚の目と、偶に怖くて、けれどそれより優しくてそこらの人よりよっぽど人間臭い、銀さんと。妖の事は相変わらず好きにはなれないけれど、これはきっと、最期に先生がくれた一期一会の事だ。良くも悪くも、出逢いの一つなのだ。こうして私は、妖達に名前を返す騒がしい毎日を送る事になったのだった。
(あれ?銀さんそのお団子どうしたんですか?)(あー?…ああ、こりゃ前金だ前金)((あのお団子、どっかで…はっ!ま、まさかあの時のアレを拾い食いしたんじゃ…!?))