声が聞きたい

薄暗かった通路は奥に進むにつれ闇に覆われていった。
暗闇の中響き渡るのは己の足音のみ。この先に誰かがいるような気配は全くない。
それでもこの先に望む存在がいることを信じて歩き続けた。

しばらく進んでいると、やがて一枚の扉の前にたどり着いた。
「ここが……」
呟いた声がやけに響いた。
この扉の向こうに俺が「生」を受ける前から俺の心を捕らえて放さなかった存在がいる。
俺に出会うことを心待ちにしてくれていた存在がいる。俺だって楽しみにしていた。
正直、声の主に会うことだけが俺の生まれる意味だと思っていたと言っても過言ではない。
それなのに、そんなものは存在しないと言われた。
データがなくても記憶がある。そんな曖昧なものだったが、それでも俺は信じていた。
だって、あんなに近くにいたのだから。

早く会いたいと思う気持ちとは裏腹に、俺の体は動かずしばらくその場で立ちつくしていた。

会うのが怖いのだろうか?
あれほどの威圧感をこんな離れた場所から放ってきた存在が、たった一枚の扉を隔てた向こう側にいるのだ。確かに恐怖を感じてもおかしくはない。
だけどあの場で感じたそれは、恐怖というよりむしろ心地よさだった。

だから、違う。これは威圧感に対する恐怖ではない。ただ、その対象がわからない。
何もわからないことが一番怖かった。

『ただし、何があっても目を背けるな』
不意に、クイックが言っていた言葉を思い出す。
『……当たり前だ』
そう返した自分の言葉も。

「やっとここまで来たんだ……腹括れよ俺」
覚悟なんてとっくにできていたけれど。
この先にどんな事が待ち構えていようとも、俺はもう迷わない。

扉は驚くほど簡単に開いた。
こんな地下深く、基地の最深部といっても過言ではない場所で、何度も暴走してきたという存在がいる。そんな部屋なのだからもっと厚く開くのもやっとな重い扉だと思っていたのに。
そもそもロックもなにもされていない時点で不審に思うべきだったかもしれない。
本当にこんな部屋にいるのだろうか。
その先はただの暗闇で、その空間に何かがいるようには思えなかった。
まさか部屋を間違えたのだろうか。確かにここまでの道のりは暗かったし、どこかに分岐点があっても気付かなかったのかもしれない。
……扉を開ける前の決意が崩れ去りそうだから、そういうことを考えるのはやめよう。

とりあえず部屋の中を見回してみる。
闇が完全に支配する空間だと思ったが、1ヶ所だけ明かりが漏れている場所があった。窓だ。
締め切られたカーテンのせいでほんの僅かな光しか漏れていなかったが、それでもその僅かな光と精密に作られたカメラアイの暗視モードがあれば全体を把握することは容易かった。
それほど広いわけではない部屋の中は、驚くほど殺風景で何もなかった。
少なくともここで生活していたはずなのに何もないのはどういうことだ。
「何も、いらないのか……?」



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