捧げ物だったもの

「おにいちゃん!」
「グハッ!!」
今回の任務も素早く片付けて帰還してきた俺を待っていたのは、容赦のない強烈なタックルだった。
危うく壁に叩きつけられそうになったがなんとか踏ん張ってみせた。さすが最強と言われる俺だな!
俺に全力でタックルをかましてきた影の正体は、一つ下の弟機であるクラッシュだった。

「おかえりー!」
普通に痛かったから文句の一つでも言ってやりたかったが、笑顔で言うクラッシュに出ようとしていた言葉が引っ込んだ。
代わりに頭を撫でてやると嬉しそうな顔をした。か、可愛いなこの小さな破壊神。
「イテーよバカ」
「?ああ、悪ぃ」
無意識のうちに強く撫ですぎていたようだ。撫でている、というよりはクラッシュの頭をグリグリ回していた。

それにしても、
「久しぶりに聞いたなソレ」
「“おにいちゃん”?」
「そ」
クラッシュが誕生した時は「おにいちゃん」と呼んではずっと俺の後ろをついてまわっていたものだ。
最初はそれが鬱陶しくて無視したり、時には手を上げることもあった。それでもクラッシュはその行動を止めることはしなかった。
いつの頃からだったか、それが鬱陶しさから愛しさに変わった。
誰かと一緒にいるとこがこんなにも楽しいことだと教えてくれた。俺に感情らしい感情を与えてくれたのはクラッシュだった。
破壊神と呼ばれるクラッシュから与えられるモノが、こんなにも心地良いなんて。

「なんかクラッシュから聞かなくなった言葉って多いよな」
さっきの「おにいちゃん」だけではない、一人称も変わった。
今でも使っているらしいが、少なくとも俺の前では使ってくれなくなった。それが寂しくもあるのだけれど、成長を喜ばない者がいるだろうか。中にはいるかもしれないが、俺は嬉しくも思っている。
「それだけ成長してんだろ?」
「自分で言うか」
軽く小突いてやった。
「イッテー」
大袈裟な態度をするが無視しておこう。

「でも基本的には変わってないよな」
どれだけ口調が変化しようが、クラッシュは変わらない。
外見が、とかそういう問題ではない。中身というか、心というか。根本的な部分は何も変わらない。成長と変化とはまた別のものだ。
それがどれだけ救いになっていることか。それは俺だけではない。クラッシュに関わる全ての存在がそう感じているはずだ。
「クイックもな」
「え・・・」
不意にそう言われ、すぐに反応できなかった。速さを司るモノとして、あるまじき失態だ。

「クイックはずっと変わってねーよ」
真っ直ぐに俺を見つめる翡翠の瞳が眩しかった。
そうだ、俺が鬱陶しく思ってた理由は、この全て見透かされているような真っ直ぐな瞳で見つめてくるからだったんだ。
全て見透かされてしまうのは誰だって嫌だろう。それも自分が最も嫌っている部分を見られるなど。
まぁ実際は全て見透かしているわけではなく、そう錯覚させられているだけだが。

それが今ではその瞳で見つめられることに心地よささえ感じている。
本当に、不思議な奴だ。俺も、お前も。

「・・・生意気」
「だからイテーって」
頭をグリグリ回してやった。今度は故意に。断じて照れ隠しなどではない。

この真っ直ぐすぎる瞳から二度と光が失われないように、奪ってしまわぬように。

「強くならねーとな」
聞こえないように、呟いた。

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