単発

最近、クラッシュが俺を頼らなくなった。それどころか俺を避けているような気もする。
この前だってあいつの部屋からすごい音がしたから、心配になって駆けつけたっていうのに「入ってくるな」と言われた。

なんなんだ一体・・・。嫌われるようなことしたか?いやしてない・・・とは言い切れない自分がいて情けない。

今日もすごい音がした。また拒絶されるだけだから気にしないようにしようとしたけれど、どうしても気になって、自然と足が向かっていた。

だって、俺の一番大事な、絶対に失いたくない場所だから。

扉を開けて中に踏み込むと、視界に入ってきたのは見慣れたドリルではなく、手。
なんの変哲もないただの手。
だが、クラッシュの手はドリルのはずだ。ハンドパーツへの変換は難しいと、博士に聞かされたこともある。
これは一体・・・?

「か、勝手に入ってくるなよ!」

一人思考を巡らせていると、怒鳴られた。
その言葉に怒りが沸々と湧き上がってきた。

俺はただ、お前のことが心配だっただけなのに、それなのに、その態度はどういうことだ。

俺がどんな想いでいたのか知らないくせに。

ドス黒い感情が広がるのがわかった。

「クラッシュ・・・」

「な、なんだよ・・・」

俺の変異に気付いたのか、不安そうな顔をする。今にも逃げ出しそうに片足が後ろに下がっている。
だが逃がさない。
逃がないように時を止め、その隙にクラッシュの腕を掴み壁に押し付ける。

ストッパーを解除し、何が起こったかわからないという顔をするクラッシュに詰め寄る。

「この手はなんだ」

息を呑む音が聞こえる。視線を彷徨わせ、口を開きかけたり唇を噛んでみたりと、俺の問いに答えようか迷っているように見える。
だがそれを待っていられるほど、今の俺には余裕がなかった。

「・・・俺がお前の手になるって言っただろ?」

ああ、俺は今なんて酷い顔をしているんだろう。不安に揺れる翡翠の瞳に映る俺の顔は、怒りとも悲しみともとれる表情をしていた。
こんな酷い顔、できることなら見せたくなかったのに。

「そんなに俺は頼りにならないか?」

そう言った瞬間、クラッシュの顔は曇った。先程までの不安で満ちた瞳ではなく、ただ、悲しそうな瞳。
唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな顔つきになった。
そんなに強く噛んだら切れてしまうじゃないか。と、思えるくらいには余裕ができているようだ。
そして短い沈黙のあと、静かに口を開いた。

「・・・そういうわけじゃないんだ」

だが、そんな顔を見ても、そんな声を出されても俺の怒りは治まることはなく、むしろ膨れ上がるようだった。
だが、この怒りは己に対しての怒り。
そんな顔をさせたくなかったはずなのにさせてしまう。そして、そんな顔を見ても何もしてやれない不甲斐無い自身への怒り。
その怒りの矛先が、どうしてクラッシュに向けられてしまうのだろう。

「じゃあどういう・・・!?」

言い掛けた瞬間、押し付けていたはずのクラッシュの腕は自由を取り戻し、俺の腕を掴んだ。
両手を握るように掴まれたそれは今までクラッシュからされたことがない、できなかった「包み込む」という行為。

「・・・俺様自分でいろいろ出来るようになりたかったんだ」

ポツポツと話し始めたクラッシュは、それでも俺から目を離すことはなかった。
悲しそうだった瞳は、強さを持った瞳に変わっていた。

「だけど一番したかったことは・・・」

繋がれた手に力が込められる。しかし痛みは感じない。
普段なら少し力を入れただけであらゆるものを破壊していた手が、優しく包み込んでいる。

「こうしてお前と手を繋ぎたかった」

まっすぐに俺の目を見てくるその翡翠が強すぎて、思わず目を逸らした。今の俺には眩しすぎる。
逸らした視線の片隅に映ったのは、クラッシュの手に包まれた俺の手。
温かい。俺たちに体温などないはずなのに。
まるでクラッシュの気持ちが流れ込んでくるようだ。その温かさが俺の怒りを静めてくれていた。

それでも、

「お前の気持ちはよくわかった・・・だが俺に秘密にするな」

一人で全て抱え込んでしまうクラッシュだから、俺を避けるようにしているのが辛かった。
また何か悩んでいるんじゃないか、俺では力になれないのか、と。

「ごめんな・・・」

困ったように笑うその顔と声色に、泣きたくなった。
そんな顔が見たいんじゃない。そんな声が聞きたいんじゃない。
どうしていつもこうなってしまうんだろうな。

何も言えずに俯いていると、手に先程までとは違った感触がした。
包むように握られていた手が、指を絡めるように繋がれていた。
この繋ぎ方は・・・。

「クラッシュ?」

「こうやって繋ぐと、なんかいつも以上に心がわかるな」



「いつもお前に頼りっぱなしだから、せめて一人のときは自分で何でもできるようにって」
迷惑だなんて思ったことなんてない。頼られるのがどれだけ嬉しかったことか。

「秘密にしてたのは、ビックリさせたかったっていうのもあるんだ」
確かにお前がハンドパーツでなんでもできるようになったら、ビックリするな。

「でもそれがお前に」
「もう、いい」

言葉と心の両方で伝わってくる想いに耐え切れなくなった。

「もう何も言うな」
言わなくても全部わかるから。



「とりあえず・・・俺以外の前でハンドパーツにすんな」

そんな姿を見るのは俺だけでいい。
拗ねたように呟く俺に、クラッシュは

「わがままな弟だな」
と、呆れたように笑った。
その顔に、あのドス黒い感情が完全に消えたのを感じた。

「まぁ・・・これからもあんまり使うことはないだろうが」

しっかりと握りなおした互いの手を見てから、

「お前がいてくれるからな」
と、眩しいくらいの笑顔でそう言うから。

「っ・・・!」

まともに顔が見れなくなってしまった。本当にこの人には敵わないな。

せめてもの照れ隠しのために、握った手に力を込めた。

「いてーよハゲ」

罵声を浴びせながらも、手を解こうとはしなかった。



「ところで、あの音はなんだったんだ?」
「誤爆した」
「ご・・・!?」
「切り替えるときに誤爆すんだよ」
「・・・やっぱ俺の前でもハンドパーツにしないで下さい」
「今すぐ切り替えてやろうか」
「ごめんなさい」

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