単発

「はかせ、おとうと、まだおきない?」
毎日のように聞こえてくる声。まだ舌ったらずで幼い声。
「もうすぐじゃよ」
そしてそれに答える声。少し年をとっていて疲れたような、でもどこか嬉しそうな声。
毎回同じような会話を聞きながら目覚めの時を待つ。
体は完成している。意識ももう目覚めた。あとは回路が全て繋がりさえすれば俺はこの世に生を受ける。
「おれさまのおとうと、はやくめざめろ。おれさま、ずっと、まっているぞ」
幼い声はいつも俺に話しかけてくる。俺はまだ答えられないのに、毎日、毎回、同じ事を言ってくる。
嫌でも覚えてしまう。この声の主は俺の兄にあたる存在だ。
どんな姿なのか、どんな顔なのか、声以外には情報がない。だからこそ、目覚めた時の楽しみのひとつになる。
もう少しだ。もう少しでお前に会える。
ただひたすら目覚めのときを待つ。

それから数日が過ぎた。相変わらず俺の体は目覚めない。
そして今日もまた、幼い兄の声が聞こえてくる。
「はかせ、もうすぐおきるっていってた。でもおれさま、これから”にんむ”だ」
少し残念そうな声で言う。任務を与えられるのはいいことではないのか?
「おれさま、おまえがおきるまでにもどってくるじしん、ない」
・・・。
「・・・いってくる」
何も伝えられないのが悔しい。
ただ過ぎ去って行く幼い兄の足音を聞いているしかなかった。

それからまた数日が過ぎた。幼い兄の声は聞こえない。
博士、つまり俺の創造主が言うには明日には最後の回路が繋がり目覚めることができるらしい。
兄は間に合うのだろうか?
いつの間にか兄に会うことが一番の楽しみになっていたようだ。それを本人に伝えたらどんな反応をするだろうか。

そして運命の日。俺の回路は全て繋がった。
目を開ける。視界にあるのは頭の薄い老人。この人間が俺の創造主か。
「おお、やっと目覚めたか」
疲れたような、でもどこかうれしそうな声。たしかに博士の声だ。

ああ、俺は生まれたんだ。
意識はあるのに動けない、話せない、そんなもどかしい日々は終わった。
生きている。命のない機械であるのにも関わらずそう思った。

博士は用事を思い出したと言って俺を一人残し部屋を後にした。
独り腰を下ろし博士の帰りを待っていた。

『はかせぇ!おとうとは!?』
『クラッシュ!遅いから心配しておったのじゃぞ!』
『ごめんなさい、おとうと、めざめた!?』
『ああ、中におるよ。会ってきなさい』
『はい!あ、なまえは、おとうとの』
『フラッシュ、じゃ』

「ふらっしゅ!!」
突然ドアが開き誰かが入ってきた。
この声は・・・
「ふらっしゅ、おまえのなまえ、おれさま、くらっしゅ、よろしくな」
息を切らせながら言う目の前の機体。間違いない、この幼い声。
ああ、お前が。
「兄っていうより弟だな」
「ひどいっ!でもゆるす、おれさまのだいじな、おとうとだから」
声も幼いが体も幼いように思えた。身長も多分俺より低い。
本当に兄というより弟のようだ。もし俺のほうが早く目覚めていたのならそうなっていたかも知れない。
それも悪くない気がするけど、やっぱりこの関係の方がいい気がする。
何故かそう思わずにいられなかった。
「よろしくな、兄貴」
そう言って笑いかけてやった。
幼い兄も嬉しそうに笑った。

ここ数日、あの幼い声を聞かなかっただけでひどく孤独を感じた。
だけどそれを伝えたら、きっとこの兄は調子に乗るから絶対言ってやらない。

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