恋人の日

恋人の日2021


「あつい・・・」
「だったら離れてください」
「それはいや」

何度この短い会話を繰り返したことだろう。
季節は六月。ここ数年、今の季節は暑い。人間にとっても機械である俺たちにとってもなかなかにきついものがある。特にクラッシュやヒートは熱を扱うこともあり他の機体より気温には敏感なのだろう。
ヒートなんかは朝からエアーの前を陣取っていた。扇風機は便利だ。
一方のクラッシュはずっと「あつい」を連呼している。それでも体は俺から離れようとしない。ずっと腰に抱きついている。
離れて、なんて言ってみるが正直この状態は嬉しい。愛しい恋人が自分に抱きついているという状況が嬉しくない奴がいるだろうか。少なくとも俺は嬉しいのだ。

とは言え、暑いのは暑い。
「少し窓開けるぞ」
「あい」
あい、だって・・・くそかわいい。暑さのせいで舌足らずなのめちゃくちゃかわいい。
窓を開けるために動こうとしても腰にはクラッシュがぶら下がったままだ。足をずるずると引きずっている。時間をかけて窓側へと移動する。
窓を開ければ締め切られていた部屋に涼しい風が入り込んでくる。
「かぜ、すずしい」
言いながらクラッシュが離れようとする。
確かに涼しくなったが離れるなんて聞いてない!
「はなれてくださいっていった」
言っ・・・たわ。最初に言ったしなんなら何回も言った。その度に離れるのは嫌と言われて油断していた。
「ごめんなさい離れないで」
そう懇願すれば「うん」とすぐに腰に抱きついてくる。
さては頭が働いていないな?頭を撫でてみるとなにやらうにゃうにゃ言っている。ねこかな?
手元にカメラがないのでとりあえず目に焼き付けることにする。

それにしても風で涼しくて腰には恋人が抱きついているなんてなんて贅沢なんだろう。
そんなことを考えていたら強い風が部屋の中に入り込んできた。あまりに勢いのある風は整理しようと置いていた書類や写真を巻き上げ部屋中に散らかした。
「マジかよ・・・」

その様子を横目に見ていたクラッシュが散った写真を指しながら言う。
「しゃしん、ぜんぶおれさま」
散った写真の全てにクラッシュが写っている。隠し撮りも混じっているが幸い見える範囲には落ちていなかった。
「あー、うん。仕事中の癒しだからな」
「うれしい」
あーだめだ。片付けとか整理とか後回しだ。そんな顔をされてしまってはもう無理だ。
窓をしめて寝転ぶ。風は入ってこなくなるが十分涼しい時間帯になった。
「寝ようぜお兄様」
「ん」
去年からの課題だって知ったことじゃない。今はこうやって愛しい恋人とごろごろしたいんだ。
今日くらいいいじゃないか。なんたって今日は恋人の日だぞ。

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