恋人の日

恋人の日2016


「今年はデートしようぜ!!」

数日前、兄からそんな誘いを受けた。
それぞれに与えられた部屋でカメラの手入れや写真の手入れをしながら今年の恋人の日はどう過ごせるか(『どう過ごすか』ではなく『どう過ごせるか』だ。)と考えていたら自室の扉が勢いよく開かれた。
そして冒頭の一声である。
誘い方が男らしいな、なんて少しときめいたのは秘密だ。もちろん扉は壊れた。
実は恋人という関係になってからも恋人らしいデートなんてしたことがない。一緒に出かけることはあってもそれは恋人としてではなく兄弟として、或いは相棒としてだ。
家、と言うにはおかしいが、住んでいるところは同じなのだからいつでも会えるし、一応戦闘用ロボとしては人間の住むような場所に軽々しく出かけられない。
それに人工物が多すぎる場所では兄が暴走する可能性がある。
破壊活動をする兄を見るのは好きだけれど。その姿を見るのは自分だけでいい。破壊神の姿を周りに知らしめたい。そんな異なる思いを重ねてしまうくらいには。
自分でも嫌気が差すくらい溺れている自覚はある。まぁ嫌になんてならないけれど。


そして現在。
どこかで聞いた曲を口ずさみながら前を行く兄はどこからどう見てもご機嫌だった。そんな姿を見るだけで微笑ましい気持ちになる。
ただ、できるならその顔を隣で見たい。数歩下がって着いてく俺にはそれができない。今はそれだけが不満だった。

「どこに行くんだ?」
「行けばわかるって」
この問答を何度繰り返したことだろう。

行き先を告げられないことについて不満はない。どこであろうとクラッシュと一緒ならそれだけでいい。それ以上に望むものなんてない。過度な期待は身を滅ぼすだけだ。それがここ数年で学んだことだ。
一緒にいられることが一番の幸福である。
そもそも戦闘用として生まれ出でた俺たちに平穏があることすら異常なんだ。異常な事態に慣れてはいけない。
慣れとは恐ろしいもので、それが当たり前になってしまうことが本当の意味での“異常”なのではないだろうか。
それでも・・・

「フラッシュ?」
クラッシュの呼びかけにハッとする。
時々こうして思考をどこか遠くへ飛ばしてしまうのは俺達の悪い癖だと思う。この癖はセカンドナンバーズと呼ばれる俺達に共通することで、考えているとも似たり寄ったりだ。
そして出ることのない答えを探してグルグルと回る思考から中々抜け出すことができない。
無限ループってこわくね?

「いつも以上に悪人顔。犯罪でも犯しそう。こわっ!なに考えてるのか・・・まぁなんとなくわかるけど、そんな顔してるとハゲるぞ!!」
いつだって思考が繋がっているわけではない。大まかなことはわかっても細かい思考までは汲み取れなかったのであろうクラッシュが茶化してくる。
「いやハゲねーよ」
「ああ、もうハゲてたな!」
「おい」
その後一通り言い合ったあと二人して笑った。
互いに地雷を踏み抜き、踏み抜かれたにも関わらず、だ。口論から笑い合うまでの間は随分空いたが気にしない。

「てか、隣歩けば?」
「・・・いいのか?」
「は?当たり前だろ?ああ、そういう・・・早く言えよ」
「そこは察してほしかった」
「あー・・・うん、ごめん」
デート、というからには常に隣を歩きたかった。デートでなくても常に隣にいたかった。
ただそれだけだった。
「で、どこに・・・行けばわかるか」
「おう!」
相変らず告げられることのない行き先。だけど並んだ足が進む先は同じ方向。迷いのない足取り。
いつだって通じ合うことのできる俺達。それなのに肝心なところで通じ合えていなかった。
言葉にしなければ伝わらないことだってある。当たり前だけど、大事なことだ。


「つーか、よりによって此処かよ」
たどり着いたのはいつか俺がクラッシュを連れて逃げた、そして俺達の墓場となった場所。
「・・・邪魔されずに二人で過ごせる場所。俺様が暴走しない場所。お前が好きな場所。いろいろ考えたんだけど結局此処しか思い浮かばなくてな」
「まぁ確かに最初のデートとして微妙な場所だな」
「だろ?だから目的地が此処だって言ったら変な顔すんだろうなって」
苦笑しながら話すクラッシュを見つめる。
正直微妙どころの話ではない。だが、互いに良い思い出があるわけではないこの場所をあえて選んだ理由もわからなくもない。

「それでも始まりの場所だから。俺様たちの墓場で、始まりの場所。来るなら此処しかないよな。デートって呼べるかどうかは別だけど」
「互いが意識してりゃデートになんだろ」
「・・・そうだな」

苦い思い出も消せない記憶も新しく塗り潰せばいい。時々顔を出してくるけれど、今の俺達を作った大切な記憶の1つだ。
止まっていた時間も、失くした心も此処にはもうないけれど。確かにあった。
それを受け入れながら俺達は前に進んでいく。これからも共に。
俺の隣には、お前がいて欲しい。お前の隣には、俺がいるから。

それからは他愛無い話をしたり、寝転がって空を眺めたり、そんな穏やかな時間を過ごした。
本来は平穏とは無縁であるはずの俺達だけど、こんな時間も悪くない。

そうしてどれだけの時間が経ったのだろう。空が青から橙に変わろうとしている。
二つの色が混じり合うこの瞬間が一番好きだった。
一番好きな瞬間を一番隣にいたい存在と過ごす。どれだけ満たされれば気が済むのだろうか。
これ以上幸福な時間はないのではないだろうかと思った瞬間、頭に響いた言葉があった。

「好きだ」

それはどちらが発した言葉だったのだろうか。俺かも知れない、クラッシュかも知れない。それとも両方か。
少なくとも、ここから先の会話がどちらが発した言葉なのか曖昧になるくらい同じことを互いに言ったのだと思う。
でも、1つだけハッキリしていることがある。

幸福には限りがない。

「これからも恋人としてそばにいてくれませんか」
「こっちの台詞だ」

この日、俺達は改めて恋人となったのだった。





「フラグが回収できねーなー」
「フラグはへし折るものだろ?」
「来年こそ惚れ直させる」
「言ってろハゲ」


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