恋人の日

恋人の日2015


目前にある画面を凝視する。反応はゼロ。
「生命反応なし。もうこの辺りに人間はいねーな」
「俺様が出ても大丈夫か?」
独り言のように呟いた言葉に、後方にいたクラッシュが身を乗り出してきた。
「OK・・・ネズミ一匹いやしねぇ。行ってこい、壊し屋」
通り名となりつつあるその名を呼べば、
「破壊神と呼べ」
静かにそう返してきた。
そのまま楽しそうな笑みを浮かべながら走るクラッシュの背を見送った。

今回の俺達の目的はこの施設の徹底的な破壊。ただそれだけだ。
任務において人的被害を出すわけにはいかない。博士は犯罪者ではあるが殺人者ではない。俺たちが人間を殺めればそのまま博士の罪となる。それだけは避けなければならない。
特にクラッシュと共に任務に当たる際は細心の注意を払うようにしている。
クラッシュは人間を傷つけることを極端に嫌う。優しいとかそういうわけではない。ただ、邪魔だと思っているだけだ。

確かに視界の隅でうろちょろされたら邪魔だし、うるさくてたまらないだろう。
まぁ他にも理由はあるのだが、今は触れないでおこう。
そういうわけで、クラッシュの楽しい時間を人間に邪魔させるわけにはいかないのだ。だから俺がいる。
情報操作や威嚇射撃で周囲の人間を逃がす。それでも抵抗してくる人間にはそれなりの対処をする。今回はほぼ放置された施設ということもあり、内部には人間が少なく、すぐに逃げ出すような連中ばかりだった。
つまり、抵抗してくる人間はいなかった。それはそれで張り合いがないのだが、余計な仕事を増やさずにすんだのでよしとしよう。
そうやってクラッシュが全力で楽しめる状況を作るのも俺の役目だ。

あちこちから聞こえる爆音と建物の崩れる音で、クラッシュが心底楽しんでいるのがわかる。この光景を見るのは好きだ。
クラッシュの破壊活動は他の兄弟のそれとは違う。他の兄弟はとにかく壊せばいいだけと思っているから破壊の仕方が雑になる。それが普通ではあるのだが。
その点クラッシュの壊し方は一言で言えば「美しい」だ。どこがどうと言われると答えられないのだが、とにかくキレイな壊し方をする。
爆音も崩れる音も何故か心地良いと思ってしまう。子守唄・・・と言うには少々物騒であるが、そう思ってしまうくらいには心地良い。
思わず見惚れてしまうそれをカメラに収める。どの瞬間が一番美しく写るのか計算しながらシャッターを押していく。
この写真も俺の大切なコレクションの一つだ。この写真が納まるアルバムを想像するだけで口角が上がる。
破壊された建物が写っている写真しかないアルバムというのもおかしな話だ。
なにも知らない奴が見たら怪訝な顔をするに違いない。まぁクラッシュ以外の誰かに見せるつもりは毛頭ないが。
納めた写真をクラッシュと眺めてあれこれ話す。それも楽しみな時間の一つだ。

つまり、クラッシュが楽しいときというのは俺も楽しいのだ。
だから今日こうやって過ごせることが嬉しい。

今年の恋人の日はこうやって過ぎていった。

陽が傾き始めた頃、破壊活動を終えたクラッシュが戻ってきた。
クラッシュの装甲が夕焼けに照らされて、まるで空に溶け出しているように見える。
その姿をカメラではなく己の目に焼き付けた。何故か、形に残してはいけないと思ったからだ。

「どうした?顔真っ赤だぞ?」
ただただ見惚れていると不思議そうな顔をしながら言われた。
「・・・夕焼けのせいだろ」
なんて誤魔化してみたけど、きっと誤魔化しきれてなんていないのだろう。
いろんな意味でクラッシュに惚れ直してしまう日になった。それが嫌だなんてことはもちろんなくて、むしろ来年は惚れ直させてやろうと密かに誓うのだった。

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