恋人の日

恋人の日2014


「お前なんか大っ嫌いだ!!」

部屋中に響いたその言葉を発したのは自分自身。
売り言葉に買い言葉。すぐに否定すればよかったのに、余計なプライドが邪魔して後に引くことができなかった。

今にも泣き出しそうな顔をして部屋を飛び出していく相手を引き止めることもできず、ただ開け放たれた扉を見つめることしかできない自分が情けなく、ただただ後悔だけが胸を締め付けていた。

原因は本当に些細なことで、そもそも何が原因なのかも忘れてしまうくらい馬鹿馬鹿しいことなのだけれど。
いつものちょっとした喧嘩、それで終わるはずだった。
互いに口を利かなくなって、それでも結局はどちらかが折れて仲直り。
それがいつものことだったのに。

それなのに、
今回はどうして、
「なんであんなこと言っちゃったんだろうな」
その言葉は決して言ってはいけないものだった。
その言葉は言われた者も、言った当人でさえ傷つけるものだ。
だから、例えその場の勢いとは言えその言葉だけは言ってはいけなかったんだ。

謝りたい。「あれは間違いだ」と。「嫌いになるわけがない」と。そう伝えたい。
それなのにどうして俺はこの場から動こうとしないのだろう。

気がつくと、もうすぐ今日という日が終わりを迎えようとしていた。
こんな気持ちのままで今日を終えたくはない。
意を決し、扉に向かおうとする。足が重い。扉までの距離が異様に長く感じる。
愛しい存在に会いに行くのに、どうしてこんなに気が重いのだろうか。

これはきっと罰だ。いつも自分勝手に事を進めて、相手の都合も考えなかった俺への罰。
あいつはいつだって笑って受け入れてくれた。ただそれに甘えていただけなんだ。
何があっても大丈夫だと。きっとまた「仕方ないな」と笑いながら許してくれるのだろうと。

重い気持ちとは裏腹に、扉は軽い音を上げながら開いた。
扉を開けたその先に、1つの影があった。正直予想できていた影の正体は俺が傷つけた最愛の兄弟。

咄嗟に言葉がでることもなく、相手からの言葉もなく、しばらく互いに無言だった。
二人の間を冷たい風が吹きぬけていった。

長い沈黙に耐えられず、口を開いてみたはいいものの、飛び出したのは酷くどうでもいい言葉で。
「ずっといたのか?」
そんなこと聞かなくともわかるというのに。これが俺でも扉の前でずっと立ち止まっていたはずだ。
こいつも俺と同じように動けずにいたのだろうから。
わかっているんだ。考えていることも、どういう行動をするのかということも。
それだけ近い存在なんだ、俺たちは。
それなのに突き放すようなことを言った。その言葉で傷つけた。
どうして俺はいつも傷つけることしかできないのだろう。

「謝りたくて」
聞き逃してしまうような小さな声でそう告げられた。
おかしな話じゃないか。傷つけたのは俺のはずなのに、どうしてお前が謝りに来るんだ。
これが俺でも自分から謝りに行くことはわかってる。その言葉が言った本人でさえ傷つけることを知っているから。
だけど、それでも傷つけたのは俺なのに。だから謝らなければいけないのは俺の方で。
「何言ってんだ、謝るのは・・・」
「ごめん」
言葉が遮られた。どうしていつも先を越されてしまうのだろう。

ここで俺も謝って、しばらく謝り合って、どっちも笑って仲直り。それでおしまい。

そのはずが。

「だから・・・嫌いにならないでくれ」
その言葉に頭がカッとなった。
「っなるわけねーだろ!!」
出せる限りの大声で怒鳴りつけた。
今が日付も変わるような時間だとか、開け放たれたままの扉から廊下に響き渡る自分の声だとか・・・そんなことはどうでもよかった。
「なんで・・・なんでお前を嫌いにならなきゃいけないんだよ!!」
気付けば俺は泣いていた。泣きながら怒鳴り散らして、こんな自分が本当に嫌で。

嫌われたくないのは俺の方だ。

もう何もかも嫌になって己の腕で頭を叩く。
痛い。でもそれ以上に心が痛い。
頭の中でエラー音が鳴り響く。それでも俺はその行為を止めなかった。止められなかったんだ。

「やめろっ!!」
そんな俺を止めてくれたのはもちろん愛しいその人で。
抱きしめられた腕から暖かいものが流れ込んでくるようで。
己を傷つける行為は止められても、涙を止めることはできなかった。

「泣き止むまでこうしててやるから」
そう言いながら俺を撫でるこいつも、同じように泣いていて。

それから二人して一緒に泣いた。

お互いに泣き止む頃にはもう日付は変わっていて。
「今年は最悪の一日にさせたな」
「そんなことねーよ。一緒に過ごせた、それだけでも十分だ」
どんな言葉でも、俺の心に深く残る事を言ってくるこの存在には一生かかっても勝てないのだと思うのだった。

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