恋人の日

恋人の日2013


朝、スリープモードから目覚めた俺の目が捕らえたのは愛しい兄の姿。
本来ならば喜ばしいことだが、まるでまだ目が覚めていないような気分になる。
クラッシュは今日ここにいるはずがないんだ。

今日はクラッシュに任務が与えられていた。クイックと共にとある施設の壊滅を命じられたらしい。
任務なのだから別に文句はない。
キラキラと瞳を輝かせ、犬が尻尾を振るような幻覚も見えるくらい楽しみにしていた。
なのに、

「クラッシュ?」
「メタルの馬鹿、アホ、エセ歯医者・・・」
聞こえているのかいないのか、反応することなくただメタルの悪口を言いながら積み木を積み立てては崩していた。そんなクラッシュの姿から悲しみや怒りが滲み出てる。
昨日あんなに嬉しそうにしていたクラッシュが、どうしてこんな姿になっていなければならないんだ。

クイックに通信を入れてみる。
「おいクイック、どういうことだ」
『悪い!メタルが勝手にクラッシュと入れ替わりやがった!!』
「・・・は?」
『だからメタルがクラッシュの任務横取りしや』
『おおフラッシュ!!どうだ、今年は空気読んで二人の邪魔をしてないぞぶぇ!!!』
『逆に空気読めてねーんだよ馬鹿野郎!!』
勝手に会話に割り込んでくるメタルの語尾がおかしい。おそらくクイックが顔面にパンチを叩き込んだのだろう。いいぞクイックもっとやれ。
『あ゛ー!!!目が、目がぁぁぁぁ!!!』
『・・・で、クラッシュは?』
「メタルの悪口言いながら不貞腐れてる」
『だよなぁ・・・』
『目がぁぁぁぁ!!!』
『うるせぇっ!!』
なおも悲鳴を上げ続けるメタルがもう一発殴られる音がした。ざまぁ。
『帰ったらちゃんと謝らせるから!!じゃあな!』

通信が切れたと同時に背中に軽い衝撃を受けた。
「フラッシュ・・・」
泣きそうな顔をしながら俺に抱きついてきた。
「どうした?」
そんな顔は見ていたくなくて頭を撫でてやる。

「俺様、嫌な奴かな・・・」
予想外な言葉に耳を疑った。
「せっかくメタルが二人きりにしてくれたのに文句ばっか言って」
「・・・お前は何も悪くないだろ。任務だって楽しみにしてたんだ、その楽しみを奪われて怒るのは当然だ」
怒ることはあってもクラッシュが気に病む必要なんて全くない。
「フラッシュは怒ってないのか?」
「なんで?」
「だって今日は」
「関係ねーよ。俺だっていつも仕事だったろ?」
今まで共に過ごせなかったのは、半分はメタルのせいだがもう半分は俺のせいでもある。
俺がもっとしっかりしていればクラッシュはこんな顔をしなくてすんだのだろうか。
「つーか、俺らもう恋人じゃなくて夫婦じゃね?」
せめて、今だけはそんな顔を変えたくて茶化してみる。
「・・・調子乗んなよハゲ」
「ぐっ・・・!」
ドリルの先端で突かれた。ちょっと刺さった・・・。
だけどクラッシュの顔が緩んでいるのが見えたから、これくらいの痛みはどうってことはない。

「なんだかんだでうまくいったみたいだな!!」
しばらくこの空間を堪能していたかったが、突然扉が開かれ全ての元凶が現れた。
「メタル・・・」
「でも兄ちゃんそういう夫婦とか不健全なことは認めないぞ!」
武器が効かなくても肉弾戦で勝てなくても、そろそろ本気で潰したい。
大体夫婦って不健全か?メタルの基準がわからん。わかりたくもない。
「少しでもメタルに悪いと思った俺様が馬鹿だった」
「え・・・」
ドリルを回転させながらクラッシュがメタルに近づいた。
武器が効かなくてもクラッシュの力ならメタルくらい軽々と吹っ飛ばせる。
それだけクラッシュを本気にさせたってことだ。もう止められない。止めるつもりもない。
離れてしまったことだけが切ないが。
「こっち来いメタル」
「ひぃ!!!」
背後から颯爽と現れたクイックに首根っこを掴まれ連れて行かれた。できたらここに来るまでに捕まえていて欲しかったが、あまり贅沢は言わないことにしよう。

「最後まで空気読めない野郎だなテメーは!!!!!」
「兄ちゃんは良かれと思って!!」
「お前はもう何もすんな!それが一番だ!!ただの空気になってろ!」
「ひどいぞクイック!空気なんてイヤだ!!」
「そんなに空気のことを悪く言わなくてもいいだろうお前たち!!」
「エ、エアー・・・」
「大体お前たちはいつもいつも!!」

開けっ放しにされた扉の向こう側から声がした。
「メタルに説教する奴が一人増えたな」
「でもあれクイックも説教されてね?」
「だが、これでもう邪魔もされない」

「では、思いっきり甘えてくださいお兄様?」
両手を広げて迎え入れる体勢になる。
「バッカじゃねーの」
などと言いながらも向かってくる兄が愛おしかった。

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