恋人の日

恋人の日2012


「仕事と俺様どっちが大事?」
兄からの唐突すぎる質問に手元が狂った。

―ピー・・・―

「ああああ!!まだ保存してねぇのに!!!」
「なにやってんだよ」
「お前がいきなり変なこと言うからだろうが!」
原因が何言ってやがる!

復元・・・できるものだろうか。今日中に終わらせなければならない仕事、しかもその量が半端ないというのに。
折角あと少しというところまできたのに、今までのデータが全部飛んだ。あああ、俺の苦労が水の泡に・・・させるかよぉぉぉぉ!!

「・・・変なことじゃねーもん」
「あ?」
バックアップに専念しているとクラッシュが静かに呟くのが聞こえた。
「真面目な話。なんかあるといっつも仕事。そりゃ仕事が大事だってことくらいわかってるけどさ」
わかっているからこそ、なのだろう。
頭では理解しているのにどうしようもない。俺にも経験はある。むしろいつもその状態のようなものだ。

『今年も仕事だし・・・』
クラッシュは声に出したつもりはないのかもしれない。実際に言ったわけでもないのかもしれない。
けれど聞こえた。聞こえてしまった。それを無視できるほど俺は出来た存在ではない。

一刻も早く仕事を終わらせたい。だが少しだけ、今だけは。作業の手を止めてクラッシュの方を向く。

「どっちが大事かなんて・・・そんなの決まってんだろ」

「お前より大事なものなんてあるかよ」

「今この仕事を放り出してクラッシュを選ぶのは簡単だ。でもな、それで後々共にいる時間が減ることになるなら・・・俺は仕事を取る」

「だからお前との時間を作るためにも仕事を優先するんだ」

俺の一言一言に表情を変えていくクラッシュ。その表情一つ一つが愛おしい。
少しでも長く見ていたいがまずはこの仕事を終わらせなければならない。
もう少しで終わりというところで邪魔をしたのはクラッシュだが・・・まぁいいだろう。故意ではない。

作業に戻ろうとパソコンに向かい合ったその時、

―コンコン―

余計な音が響いた。

「邪魔するぜ」
「邪魔だ帰れ」
現れたのはクイック。姿さえ確認してしまえばもう用はない。
「クラッシュに用があんだよ。じゃなきゃ誰が好き好んでお前の部屋なんか来るかよ」
「俺だってお前なんか部屋に入れたくねぇよV字野郎」
クイックの方を見ずに作業を続ける。今はクラッシュ以外の顔を見たくはない。
「いきなり喧嘩すんなよ。で、俺に用だって?」
「そ、仕事だとよ」
「破壊活動か!?」
「残念。まぁ破壊活動っちゃ破壊活動だな、デジタルでの」
「あー・・・でも破壊活動には変わりないな!!」

なんだか楽しそうに話す二人にイライラした。
俺といるよりクイックと話してる方が楽しいか?
自然とキーボードを叩く音が強くなる。スピードが上がるのはいいことだが壊れないか心配になる。強く叩いているのは己だが。

「・・・なんでクラッシュなんだよ」
二人だけの会話を聞いていたくなくて口を挟む。その間ももちろん手は止めない。
「バブルは出かけてるしお前はソレだろ?そんで俺とクラッシュが非番だから」
当たり前のように言い放つクイックにおそらく他意はない。
バブルがいなくてもメタルとかメタルとかメタルがいるだろ。なんでこういう時だけ無視するんだ。
ああ、クイックがメタルを無視するのはいつものことだったな。
・・・それともまさか、メタルが邪魔しないように既に手を打ったということか?
だとしても今ここに来る意味は?データ破壊ならクイック一人でも十分だろうに。

そうこうしている間にデータの復元が終わる。ここまできたら一気にラストスパートをかけるだけだ。

「終わりそうだな」
クイックが覗き込んでくると同時に全ての作業が終わった。
「それよこせ。俺がさっさと終わらせてやる」
「そう言うと思ったぜ」
ニヤリと笑ったクイックの意図に気付く。
この野郎最初から俺にさせるつもりで来やがったな。

「俺のしごとー・・・」
何も気付いていないクラッシュはつまらないそうに口を尖らせている。
残念ながらこれはお兄様には向かない仕事ですよ。

「オラ、これでいいんだろV字野郎」
「上出来だハゲ」

なにがデジタルの破壊発動だ。より強力なロックをさせただけじゃねーか。

「邪魔したな」
「二度と来んな」
「今日はもう来ねぇよ」
ヒラヒラと手を振りながら去っていくクイックにいろんな意味を込めた溜め息だけ送っておく。

全ての作業が終わるまで黙ったままだったクラッシュの方に向かう。
「クラッシュ」
「・・・」
まだ拗ねてやがる。俺といるより仕事してる方がいいですか?
「・・・遅ぇよハゲ」
そっちかよ。しかし遅くなったのは誰のせいですかねぇ。ホントに困ったお兄様だ。
まぁそこがまた・・・だよな。

「じゃあ仕事より大事なお兄様との時間をゆっくり過ごしますかね」
「・・・バカじゃねーの」

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