恋人の日
恋人の日2011
「いい湯だなー」
隣で湯に浸かって気持ち良さそうに伸びをする兄を見て、ここに来て本当によかったと思った。
湯気で隠れてしまう部分に物足りなさを感じつつ、二人きりの空間を堪能していた。
本当に二人きり・・・だったらよかったのにな。
「みんなで背中流しっこするぞー」
浴室に響くメタルの声に溜め息しか出なかった。
今年もこの日が近づいてきたある日、買出しから帰ってきたバブルとクイックに差し出された2枚の券。
どうやら街の方では福引をやっていたらしい。そこで二人が引き当てたのは二泊三日の温泉宿泊券。2枚というのはペアだということだ。
温泉ならばバブルが行きたがるはずなのにどうして俺に渡してきたのか。
答えは簡単だ。
「「二人で」」
俺たちを気遣ってくれているんだ。
「今年くらいは二人っきりで過ごしてこい。メタルに邪魔なんかさせねぇから」
クイックもそう言ってくれた。
だから有難くそのプレゼントを受け取った。
しかし、
「二人っきりで旅行なんて兄ちゃん許しませんからね!!」
結局メタルに見つかってしまい、全員で行くことになってしまったわけだが。
ただし、ペアの券以外の分はメタルに支払わせて。
なぜそこまでして俺たちの邪魔をしたいのか、故意というよりは無意識なんだろうが。
メタルはメタルなりに俺たちのことを心配してくれているのだと思う。そう思うが・・・それでも何度も邪魔されたらさすがに怒りたくもなる。
だが、
「みんなと旅行だなんてなんか嬉しいなっ」
心の底から嬉しそうに笑うクラッシュを見て、そんな怒りも吹き飛んでしまった。
怒りは治まっても溜め息は出てしまうが。
申し訳なさそうに顔を歪めるクイックにも苦笑を返しておいた。別にクイックが悪いわけではない。
湯から上がったら自由な時間。いくらメタルが喧しく言っても券と一般の部屋が一緒になるわけではなく、俺とクラッシュだけは別室だった。もしかしたら二人はこれも見越していたのかもしれない・・・それは考えすぎだろうか。
「食事はみんなで!!」
「旅行の夜と言えば枕投げだろ!」
「明日はみんなでラジオ体操!その後朝風呂だ!!夜更かしなんて許さないからな!」
湯から上がったら自由な時間・・・のはずだった。
無意識じゃないだろ故意だろ。頭を抱えたくなる。
・・・それでもクラッシュが楽しそうにするから。
普段二人きりの時間がないわけではない。基地にいるときはいつだってそばにいられたし、互いの部屋で夜を共にしたことだって数え切れないほどだ。
今日はその時間がいつもより短いだけだ。
だけど、それでも・・・今日この日だけは二人でいたかったんだ。
「楽しかったなー」
「クイック全然当たらないのな。さすが最速!でもくやしー!!」
「騒ぎすぎて怒られちゃったけどなー」
隣で話すクラッシュの声が聞こえない。なにか言っているのはわかる。だが全てが通り抜けていく。
「・・・フラッシュ?」
いくら話しかけても反応しない俺を疑問に思い顔を覗き込んできた。
「お前にとって俺って何?」
クラッシュの方を見ないようにして呟く。
息を呑む音が聞こえる。顔はまだ見ない。
「なぁ・・・」
今度は顔を見る。困惑しているような、悲しそうな、なんともいえない顔だった。
「・・・ッ」
クラッシュが口を開きかけた瞬間、勢いよく襖が開いた。
「二人が寝るまで兄ちゃんが一緒にいてあげよう!」
もう嫌だ。
思わず耳を塞ぐ。なにも聞きたくない、見たくない。
きっと泣きそうな顔をしているのだろう。こんな自分も嫌だ。
「メタル」
静かに訪問者の名を呼ぶクラッシュの声が聞こえた。
耳を塞いでも全ての音を遮断することはできない。聴覚への接続を切ればいいのだと気付いたとき、クラッシュの立ち上がる気配がした。
目を開けて見上げればクラッシュの顔半分しか見えなかった。その瞳は翡翠から真紅に変わっていた。
怒っている。誰が見ても明白だった。
「に、兄ちゃんはただお前たちのことが心配で・・・!!」
焦った声が聞こえる。真紅に染まったクラッシュの瞳を見て怖気づいたようだ。
クラッシュはなにも言わない。
ただ無言でメタルを見つめるだけだった。
息が詰まるような空気。戦闘中に見せる威圧感がこの場を包んでいた。
その威圧感に言葉を失ったメタルは気圧され無言で襖を閉めた。
その後に聞こえた絶叫にクイックに捕まったのだと悟った。だが今はそんなことどうでもいい。
メタルが去ったあと、クラッシュは長い溜め息をついた。
瞳の色は翡翠に戻っていた。
「!」
急に暗くなる視界。抱きしめられた。
思わぬ事態に目を見開く。ギュッと抱きつくクラッシュは加減してくれているのだろうが少し痛い。装甲が僅かな悲鳴を上げた。
「・・・俺様はな」
それに構わず耳元で話し始める。吐息が当たって少しくすぐったい。
「みんなと旅行ができたのは確かに嬉しいし、楽しい。だけどな」
言いかけたクラッシュは
「やっぱり俺様、お前と二人の方がいい」
そう言いながら口付けをしてきた。
バブルとクイックからもらった券は二泊三日。対してメタルたちは一泊のみ。
翌日には満身創痍なメタルが全員に引きずられるようにして帰っていった。
「お土産よろしく」と言いながら帰っていく兄弟を苦笑しながら見送った。
「いい湯だなー」
隣で湯に浸かって気持ち良さそうに伸びをする兄を見て、ここに来て本当によかったと思った。
湯気で隠れてしまう部分に物足りなさを感じつつ、二人きりの空間を堪能していた。
今度こそ本当に二人きり・・・。
もうその日ではないけれど、こうやって二人で過ごせる時間がたまらなく嬉しかった。
やはりあの二人はわかっていたんじゃないかと思う。
「邪魔はさせない」と言っていたクイックだったが、きっとこういうことだったのだろう。
来年は・・・いや、どうなるかわからない未来のことよりも、今この時間を共に。
「で、結局お前にとって俺ってなんなの?」
「言わなきゃわかんねぇほど不安かよ」
「・・・いいや?」
本当は少し、いや、かなり不安だ。だけどそんな不安も吹き飛ばす存在が隣にある。それがどれだけ心強く嬉しいものか。
「ほら、背中流してやるよ」
「俺様もー!」
「装甲に穴開ける気ですかお兄様・・・」
.
「いい湯だなー」
隣で湯に浸かって気持ち良さそうに伸びをする兄を見て、ここに来て本当によかったと思った。
湯気で隠れてしまう部分に物足りなさを感じつつ、二人きりの空間を堪能していた。
本当に二人きり・・・だったらよかったのにな。
「みんなで背中流しっこするぞー」
浴室に響くメタルの声に溜め息しか出なかった。
今年もこの日が近づいてきたある日、買出しから帰ってきたバブルとクイックに差し出された2枚の券。
どうやら街の方では福引をやっていたらしい。そこで二人が引き当てたのは二泊三日の温泉宿泊券。2枚というのはペアだということだ。
温泉ならばバブルが行きたがるはずなのにどうして俺に渡してきたのか。
答えは簡単だ。
「「二人で」」
俺たちを気遣ってくれているんだ。
「今年くらいは二人っきりで過ごしてこい。メタルに邪魔なんかさせねぇから」
クイックもそう言ってくれた。
だから有難くそのプレゼントを受け取った。
しかし、
「二人っきりで旅行なんて兄ちゃん許しませんからね!!」
結局メタルに見つかってしまい、全員で行くことになってしまったわけだが。
ただし、ペアの券以外の分はメタルに支払わせて。
なぜそこまでして俺たちの邪魔をしたいのか、故意というよりは無意識なんだろうが。
メタルはメタルなりに俺たちのことを心配してくれているのだと思う。そう思うが・・・それでも何度も邪魔されたらさすがに怒りたくもなる。
だが、
「みんなと旅行だなんてなんか嬉しいなっ」
心の底から嬉しそうに笑うクラッシュを見て、そんな怒りも吹き飛んでしまった。
怒りは治まっても溜め息は出てしまうが。
申し訳なさそうに顔を歪めるクイックにも苦笑を返しておいた。別にクイックが悪いわけではない。
湯から上がったら自由な時間。いくらメタルが喧しく言っても券と一般の部屋が一緒になるわけではなく、俺とクラッシュだけは別室だった。もしかしたら二人はこれも見越していたのかもしれない・・・それは考えすぎだろうか。
「食事はみんなで!!」
「旅行の夜と言えば枕投げだろ!」
「明日はみんなでラジオ体操!その後朝風呂だ!!夜更かしなんて許さないからな!」
湯から上がったら自由な時間・・・のはずだった。
無意識じゃないだろ故意だろ。頭を抱えたくなる。
・・・それでもクラッシュが楽しそうにするから。
普段二人きりの時間がないわけではない。基地にいるときはいつだってそばにいられたし、互いの部屋で夜を共にしたことだって数え切れないほどだ。
今日はその時間がいつもより短いだけだ。
だけど、それでも・・・今日この日だけは二人でいたかったんだ。
「楽しかったなー」
「クイック全然当たらないのな。さすが最速!でもくやしー!!」
「騒ぎすぎて怒られちゃったけどなー」
隣で話すクラッシュの声が聞こえない。なにか言っているのはわかる。だが全てが通り抜けていく。
「・・・フラッシュ?」
いくら話しかけても反応しない俺を疑問に思い顔を覗き込んできた。
「お前にとって俺って何?」
クラッシュの方を見ないようにして呟く。
息を呑む音が聞こえる。顔はまだ見ない。
「なぁ・・・」
今度は顔を見る。困惑しているような、悲しそうな、なんともいえない顔だった。
「・・・ッ」
クラッシュが口を開きかけた瞬間、勢いよく襖が開いた。
「二人が寝るまで兄ちゃんが一緒にいてあげよう!」
もう嫌だ。
思わず耳を塞ぐ。なにも聞きたくない、見たくない。
きっと泣きそうな顔をしているのだろう。こんな自分も嫌だ。
「メタル」
静かに訪問者の名を呼ぶクラッシュの声が聞こえた。
耳を塞いでも全ての音を遮断することはできない。聴覚への接続を切ればいいのだと気付いたとき、クラッシュの立ち上がる気配がした。
目を開けて見上げればクラッシュの顔半分しか見えなかった。その瞳は翡翠から真紅に変わっていた。
怒っている。誰が見ても明白だった。
「に、兄ちゃんはただお前たちのことが心配で・・・!!」
焦った声が聞こえる。真紅に染まったクラッシュの瞳を見て怖気づいたようだ。
クラッシュはなにも言わない。
ただ無言でメタルを見つめるだけだった。
息が詰まるような空気。戦闘中に見せる威圧感がこの場を包んでいた。
その威圧感に言葉を失ったメタルは気圧され無言で襖を閉めた。
その後に聞こえた絶叫にクイックに捕まったのだと悟った。だが今はそんなことどうでもいい。
メタルが去ったあと、クラッシュは長い溜め息をついた。
瞳の色は翡翠に戻っていた。
「!」
急に暗くなる視界。抱きしめられた。
思わぬ事態に目を見開く。ギュッと抱きつくクラッシュは加減してくれているのだろうが少し痛い。装甲が僅かな悲鳴を上げた。
「・・・俺様はな」
それに構わず耳元で話し始める。吐息が当たって少しくすぐったい。
「みんなと旅行ができたのは確かに嬉しいし、楽しい。だけどな」
言いかけたクラッシュは
「やっぱり俺様、お前と二人の方がいい」
そう言いながら口付けをしてきた。
バブルとクイックからもらった券は二泊三日。対してメタルたちは一泊のみ。
翌日には満身創痍なメタルが全員に引きずられるようにして帰っていった。
「お土産よろしく」と言いながら帰っていく兄弟を苦笑しながら見送った。
「いい湯だなー」
隣で湯に浸かって気持ち良さそうに伸びをする兄を見て、ここに来て本当によかったと思った。
湯気で隠れてしまう部分に物足りなさを感じつつ、二人きりの空間を堪能していた。
今度こそ本当に二人きり・・・。
もうその日ではないけれど、こうやって二人で過ごせる時間がたまらなく嬉しかった。
やはりあの二人はわかっていたんじゃないかと思う。
「邪魔はさせない」と言っていたクイックだったが、きっとこういうことだったのだろう。
来年は・・・いや、どうなるかわからない未来のことよりも、今この時間を共に。
「で、結局お前にとって俺ってなんなの?」
「言わなきゃわかんねぇほど不安かよ」
「・・・いいや?」
本当は少し、いや、かなり不安だ。だけどそんな不安も吹き飛ばす存在が隣にある。それがどれだけ心強く嬉しいものか。
「ほら、背中流してやるよ」
「俺様もー!」
「装甲に穴開ける気ですかお兄様・・・」
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