恋人の日

恋人の日2009


今年もこの日がやってきた。
クラッシュは一人溜め息をついた。
去年はスターに散々いじられて若干の不快感を覚えた。だが、一つ下の弟が自分をいつも迎えに来ていたということがわかって、嬉しいという気持ちもあった。
普段素直になれない自分をいつも優しく見守ってくれる弟に、感謝の気持ちと愛しさがこみ上げた。
本当は大好きで仕方ない。なのに素直になれない。そんな自分がもどかしかった。
だから年に一度のこの日くらいは、素直になってもいいかもしれない。そんな風に思っていた。

しかし、

『今日一日部屋に入って来んな』

今朝一番に言われた言葉がそれ。博士から情報処理を任されたらしい。
任務なのだから仕方がない。そう頭では理解していても、少し悲しい気分になった。
今日基地にいるのはクラッシュとフラッシュの二人だけなのだ。それなのに一緒にいれず寂しいという気持ちがクラッシュを包んでいた。

一人では何もすることができず、かまってくれる人もおらず、クラッシュはただ自室で空を見上げていた。
「青いなぁ・・・」
クラッシュが青から連想するものは三つある。一つは弱点武器を持つ兄のエアー、一つは最大の敵であるロックマン、そして最も強く連想するものは弟のフラッシュだ。クラッシュにとってフラッシュはかけがえのない存在だ。
そのフラッシュは今も自室でコンピューターに向かっているのだろう。
難しい顔をして画面と睨み合っているのだろうか、それとも居心地のいい電子の海を堪能しているのだろうか。
どちらにせよ、ここにいない今、表情を窺うこともできない。
クラッシュはフラッシュの仕事をする顔が好きだった。しかし、今日は隣にもいられないのだ。
意識を飛ばせば心とリンクすることは可能。しかし、邪魔をしたくないという思いからそれは実行できなかった。
近くにいるのに会えないもどかしさ、それはクラッシュを落ち込ませるには十分すぎるものだった。

「今日くらいは一緒にいたかったんだけど・・・な・・・」
いつの間にかスリープモードに切り替わっていたメインプログラムは、クラッシュを容易く夢の世界へと導いていった。


「・・・!」
クラッシュが完全にスリープモードに入る前に送られてきた信号。それを受け取ったフラッシュは手を止め、軽く舌打ちをした。

「俺だって好きで突き放した訳じゃねぇ・・・」
そう呟くと、再び目の前のコンピューターに向かい手を動かし始めた。


「・・・?」
スリープモードに入っていたクラッシュは自身を包む暖かく優しい感触に目を覚ました。
目の前を覆いつくすは青。顔を上げればそこには難しい顔をしながら目を閉じているフラッシュの顔があった。
「ぇ・・・」
「・・・起きたか」
訳がわからず混乱する頭に注がれた声。それは紛れもなくフラッシュのもので、クラッシュは思わず赤面した。
羞恥心から逃げ出そうとするクラッシュをフラッシュは押さえつけた。
「俺は疲れてんの、寝かせろ」
耳元で聞かされた言葉にクラッシュはピクリと反応した。
近い。ただそれだけでオーバーヒートを起こしそうになる。
「だ、だったら俺様どいた方が」
任務を終えて疲れている弟を気遣うために発せられた言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
「こうしてると安眠できんだよ」
そう言いながらフラッシュはクラッシュを包み込むように抱きしめた。

「だからお前も大人しく寝ろ」
背中をポンポンと叩きながら言うフラッシュの言葉にクラッシュは小さく頷いた。

もともと今日くらいは素直になろうとしていたクラッシュは、大人しくフラッシュの言葉に従うことにした。
一緒にいれるなら、それでいい。
こうしてクラッシュとフラッシュは共に眠りについた。



二人が互いの存在を感じながら眠りについていたころ、任務を終えた他のナンバーズはリビングで寛いでいた。
「まったく、夕飯の時間だというのにあの二人はなにをしてるんだ」
夕食の時間になっても一向に現れないクラッシュとフラッシュを呼びに行こうとしたメタルは
「待てメタル」
とクイックに首もとを掴まれた。
「ぐぇっ!なんだクイック!?兄ちゃんはぐはぁ!!」
「うるせぇカス」
そのまま壁に投げつけられたメタルはクイックの言葉を聞き、
「そんな風に育てた覚えはなぁぁぁい!!!」
と泣きながら去って行った。そんなメタルの後姿を見て、クイックはため息をついた。

「・・・まぁメタルがわかんねぇのも仕方ねぇか」
二人の「声」を聞くことができる唯一の存在であるクイック。だからこそ二人の邪魔をさせたくないのだ。
(恋人なんて、そんな言葉じゃあいつらの関係は示せないけどな)
そんな風に思っていると、後ろから一つ上の兄が話しかけてきた。
「クイックもお兄ちゃんするようになってきたブクねー」
その一言になんだか照れくさくなったクイックはそれを隠すように顔を背けた。

そんな様子のクイックをヒートがからかって一騒動起きたことなど、夢の中にいるクラッシュとフラッシュが知るはずもなく、ただただ幸せそうに眠っているのだった。

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