恋人の日

恋人の日2008


「そういえば今日は恋人の日なんだって」
「・・・へぇ」
僕が言った言葉に対して彼―クラッシュ―は遅れた反応を示した。
それもそうだ、さっきまでの僕らはまったく関係のない話で盛り上がっていたのだから。
僕と彼はよく二人で星について語り合っている。と言ってもただ僕が星についての話をして彼がそれを聞いているだけなのだけれど。
彼は字を書くことが出来ないから必死に聞き取り覚えているのだ。だから何度も同じ話をすることもしばしばある。
それでも僕は楽しいし、彼も楽しそうにしている。自然と互いに笑みがこぼれる。
この時間は僕らにとってとても楽しい時間だ。

「で?」
と、少し怪訝な顔をして聞き返す彼に対し、僕は微笑むだけで何も言わない。
それが気に入らないのか彼は背中をこちらに向けそれ以降口を開こうとしない。
それがおかしくてつい笑ってしまう。

スターはずるい。きっと俺とあいつのことを言ってるに違いない。
スターは知ってる。俺とあいつの関係を。
知っていて、わかっていて、そんなことを言い出すんだ。しかも突然。まったく、心臓に悪い。
・・・機械の体に心臓があるのかどうかは知らないけれど。でも博士のことだからきっと心臓に近いものを組み込んでいるに違いない。
聞き返したところで何も言わずに笑っているのはきっと「恋人」と言う言葉に反応したのを見抜いたからなのだろう。
恥ずかしさと不快感で背中を向け黙りこんでみたものの後ろからはクスクスと笑い声がする。
(・・・絶対わかってやってるんだ。ずる過ぎる。)

「それにしても過保護だよね」
「え?」
また突然、しかも予想もしていなかった言葉に反応し顔を向けると「ほら」と窓の外を指差す声の主の姿があった。
なんだろうとスターの指差す方向にを見てギョッとする。思わず「げっ・・・」などと口にしてしまった。
スターの指が指し示す先には、光り輝くハゲ頭・・・いや、我が最愛の弟フラッシュの姿があった。
まっすぐな瞳でこちらをジッと見つめている。目が合うと思わず顔を引っ込めその場にしゃがみ込んでしまった。
おそらく心臓に近い構造の物であろう部品がドクドクと波打つ。

「どうせ何も言わずに来たんでしょ?」
窓の外にいる人物を見つめながら僕は問う。
「だって今日はみんな仕事だって言ってたし、こんな日くらいしかスターに会えないじゃん・・・」
ボソボソと話す彼の方を向いて僕は笑いながら言う。
「ふふ、そうだね。今日は丁度僕らも休日だし。でも・・・」
そう言いかけてまた窓の外に目をやる。しかしそこにはさっきまであったはずの姿が消えていた。
(そろそろか・・・)
ドアの方へ視線を移し、目を細め、見つめる。その行動を不思議そうに見つめるクラッシュを横目で見た後視線をドアに戻し僕はその表情のまま言った。
「君が行くところって基本的には此処しかないでしょ?だったらわざわざ探しに来る必要なんてないはずだよね。しかも君たちの基地から此処までは結構な距離があるのに。今来たって事は仕事が終わって帰ってきて君がいないことに気付いてそのまま来たみたいだね。どうしてかな?」
「そ、そんなの知るわけないじゃん・・・」
困惑しながら言う彼を無視するかの様に僕は続ける。
「どうして今日に限ってなのかな?恋人の日だから?それとも心配したからかな?でも、もしかしたら君が此処に来る度にああやって毎回来ていたのかもしれないね。君が気付かないだけで」
チラッと横目で見ると両頬を朱に染めて口を半開きにしている彼の顔が目に入った。一瞬笑いそうになったけど、堪えて更に続けた。
「いくらなんでも過保護過ぎるよね。・・・ああ、これは過保護とは言わないか・・・」
そこまで言ってドアの向こうに気配を感じる。そして目を閉じ少し間を置いてから言う。

「それほどまでに君は愛されているんだね」

そう言い終わった瞬間、二つの音が同時に部屋に響き渡った。
一つは彼が立ち上がった音。そしてもう一つは誰かが僕の部屋に入ってきたことを告げる音。見なくてもそれが誰だかわかっている。
ゆっくりと目を開け、その人物を見つめて言う。
「やぁ、よくここまで来れたね」
「ご丁寧に道標まで置いといてよく言うぜ」
「ふふ、余計なことだったかな?ほらクラッシュ、お迎えだよ」
話についていけずにすっかり固まっている彼にそう言い背中を軽く押してやる。その勢いでよろけた彼を彼の人はしっかりと支え、
「邪魔したな」
と言い彼を連れて出て行った。

そのあと二人がどうしたかは知らない。僕にはそこまで干渉する義務も権利もないのだから。
今日6/12は恋人の日。僕は願う。
全ての恋人たちに幸あれ、と。

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