11.無力な自分


俺は何をしていたんだろう。
あれだけ守ると言ったのに、死なせないと誓ったのに。
俺は兄に何をしてやることができた。
ただそばにいただけ。
ただ、それだけなんだ。

俺は自分が守ると誓った兄の事を忘れていた。それは記憶にプロテクトがかけられていたから。しかしそれは変えがたい事実だ。
俺は兄を忘れていたんだ。

目が覚めて俺と一度顔を合わせたあと、兄は俺を避けるようになった。
それくらいのことをしたのだから当然と言えば当然。
だけどそれが悲しくて、辛くて、でもどうしようもなくて・・・。
自分でも知らないうちに此処に足が向いた。

俺が兄を連れて逃げてきた場所。
そして俺たちの心が置いてある場所。

どうして此処に来ようと思ったのかわからない。
ただ足の赴く方へと足を進めただけ。

此処はあの時のまま、まるで時が止まっているようだった。
あの時と同じ景色、同じ空気、同じ匂い、全てが同じなように思えた。
ひとつ違うといえば隣に誰もいないことだけ。

俺と兄だけの空間だった。
誰にも邪魔されることがないこの場所で、俺たちは一緒にいた。兄の心は壊れていたけれど、ただ二人で一緒にいた。
そしてその状態が永久に続けばいいと思っていた。
だがそれは絶対にないということをわかっていた。だから俺は力の続く限りタイムストッパーを発動し続けた。
それが仇となることも忘れて・・・。

だからこうなってしまったのは俺のせいだ。
俺がもう少し冷静に物事を判断していれば・・・そうすればこんなことにはならなかったんだ。
クイックを止められたかもしれない、俺が兄の記憶を失うこともなかったかもしれない、兄を守れたかもしれない。
俺はいつだって無力だ。
何もすることができない。

記憶の戻った俺にできたのは、クラッシュを責めるなとクイックに頼んだことだけだ。
そうだ、兄は、クラッシュは何も悪くないんだ。
自身を抑え切れなかったのは決してあいつのせいじゃない。

中途半端な優しさはクラッシュを傷付けるだけだと思ったから、俺は突き放した。
だけど、どちらにしたって苦しめていたんだ。
自分を傷付いて欲しくない、苦しんで欲しくない。
ただそれだけだったのに・・・。

自然と涙が溢れてきた。
こういう時だけは博士を恨む。ロボットには、必要のない機能だというのに。

もしもこのまま、拒絶され続けたら、俺は・・・。

こんな思いをするなら記憶なんて戻らなくてよかったのに。
核ごと破壊してくれればよかったのに。
だけどそれでは俺が楽になるだけ。クラッシュの心の傷は深まるばかりだ。
俺は、どうしたらいいのだろう。

それからどのくらいの時間が経ったのか分からない。

空は青から橙に変わろうとしていた。

二つの色が混ざり合うその瞬間、聞き慣れた、そして一番聞きたかった声が俺の名を呼んだ。

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