9.俺の役目はここまでだ


あれから一ヶ月。クイックの意識は二週間ほど前に戻り、自室で休養をとっていた。
クイックが思うのは二人の弟のこと。
クラッシュとフラッシュは核に相当な負担を負ったためにラボで眠り続け、今では自室での安静を命じられていた。
フラッシュの記憶データはクラッシュを見たことによって甦った。記憶の書き換えをしたのではく、クラッシュに関する記憶にプロテクトをかけていただけなのだ。
それがクラッシュの姿を目にした途端にプロテクトが解除され、一気にフラッシュの中へと流れ込んだ。
それと同時に今まで抑え付けてきた感情が一気に爆発した。
それが核に異常なまでの負担を掛けた。
クラッシュもまた、拒絶することによって自らを抑制していたのが、フラッシュの姿を捉えた途端に爆発した。クラッシュの場合はそれだけでなく自身を傷つけたことにより、核の内部のほんの一部がボロボロになっていた。
ラボの外からガラス越しに見た二人はあまりに痛々しかった。

答えが見つかった今、俺には何が出来るのだろう。
クイックは自問自答を繰り返していた。

そんなある日。
「俺、クイックに謝らなきゃ」
クラッシュが突然クイックの部屋を訪ねてきた。
まだ完全に動ける状態でないはずのクラッシュ。しかしクラッシュはクイックに謝りたい一心で此処へとやってきた。
「俺が自分を制御できなかったばっかりに起こった今回の事。俺が暴走したせいでフラッシュもクイックも壊れた」
目線を合わせることなく、俯いたまま話続けるクラッシュを、クイックはただ無言で見つめていた。
「俺のせいでこうなった。俺が未熟だから・・・」
「ごめんな」
自身を責め続けるクラッシュの言葉を遮り、クイックは謝罪の言葉を発した。
その言葉に動きを止めたクラッシュに言葉を続ける。

「俺がお前たちを引き離したから、お前はこんなに傷ついた」

クラッシュの体にはまだ無数の傷が残っている。そして見えない傷痕も。
その傷に触れながら、クイックは言葉を続ける。
「俺は体だけでなく、心も壊した。許して欲しいなんて言わない。ただ、もう自分を傷つけるのは止めてくれ」
それは祈りにも似た行為。もう誰も傷ついて欲しくない。心からそう願ってる。

傷ついたお前を見るのは、もう嫌なんだ。

「なんで・・・なんでクイックが謝るの?俺が全部悪いのに!」
堪らず声を荒げる。今回の事を起こしたのは自分。原因は自分なのだと主張するクラッシュの目には、大粒の涙が溜まっていた。
「俺のせいだって言ってよ!俺が全部悪いって!責め立ててよ!!」
一粒の涙が流れ落ちる。
最初に兄弟の体を壊したのは自分。クイックに対しては心も壊した。フラッシュにも辛い思いをさせた。

俺のせいだ。だから俺を許さないで。

「それでお前は救われるのか?」
言葉が詰まる。
本当は救われたりなんかしない。孤独はもう嫌だ。だけど俺にはそんな事を言う権利はない。
「それでお前がまた壊れてしまったら、それが一番怖いんだ。俺が一人になることよりも、その方がもっと辛い」

「生きて欲しい。そう思うのはおかしいことか?」
「っ!」
涙が溢れ出た。
俺が一番欲しかった言葉。
許しの言葉でもなく、責めの言葉でもない。何よりも欲しかった言葉。
ただ、俺を必要としてくれる。それが一番心を満たす一言。
生きて欲しい、その一言が全ての呪縛から解放してくれる。

「ありがとう・・・ごめんなさい」

感謝と、謝罪を。
なによりも俺の事を考えてくれていた兄に。これからも共に歩む兄弟に。

「俺よりもあいつに謝って来い。あれから会ってないんだろ?」

ずっと避けていた。記憶の戻った今、自分を受け入れてくれるか不安で、もう元には戻れない気がして。
だけど、俺が一歩踏み出さなければ、何も変わらない。
その一歩を踏み出す勇気をくれた兄に感謝を。

「ありがとう・・・おにいちゃん」
聞こえないように呟いた。


「まったく・・・兄弟揃ってバカばっかりが」

弟を見送った後、溜め息を一つ吐き、空を見上げた。

『俺が悪いんだ!あの日クラッシュを止められなかったのも、お前が壊れてしまったのも、全部俺が悪いんだ!だからクラッシュは悪くない!!』

数日前、フラッシュもまた、クラッシュと同じように完全でない体を引きずりながらクイックの部屋を訪れていた。
しかしそれは謝罪のためでなく「クラッシュを責めるな」という願いを言いに来たのだ。

全ての責任は俺にあるから、クラッシュを責めるのだけは止めてくれ。

結局はフラッシュもクラッシュも同じ事を言っているのだ。
元々どちらも責める気もなかっただけに、二人の行動には呆れを通り越して最早溜め息しか出ない。

「少しだけ、妬けるな」

そこまでお互いを想い、通じ合っていることに。そして、自分はまだ其処にいないということに。

「だけどそんな二人が愛おしい・・・」
「だな。俺もバカだ、一番の大バカ野郎だな」
突然現れたバブルに驚くことなくクイックは笑いながら話す。

今はまだそれでいい。二人の間に無理矢理入ることはもうしない。二人が受け入れてくれる時が来るのなら、その時を待てばいい。

「ブク・・・で、”それ”は直さないブクか?」

バブルが指差すのはクイックの聴覚センサー。

意識が戻り回復した今も、クイックの耳にはあの日の二人の声が響いている。
ワイリー博士はそんな耳を直そうとしてくれたが、クイックはそれを断った。

「ああ、この声は二人の心の叫びだから、俺が全部受け止めてやらなきゃ」

そう言いながら笑うクイックにはもう迷いなど見えなかった。
そしてバブルもまた満足そうに笑った。

「あとは二人の問題だ」

時間は掛かるかもしれない。だけど、お前たちなら大丈夫だって信じてる。
大丈夫、もう俺は迷わない。次は俺がお前たちを守ってみせる。

今度はこの耳で、お前たちの『声』を感じるから。

「今日も空は青いな」

青と橙、二つの色が混ざり合う時間まで、あと、少し。

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