8.俺が本当に欲しかったもの


目に映るのは橙と青。それ以外は何も映らない。

そして機能を失った聴覚センサー。それに響くは愛しき弟たちの叫び。

もう自分の声も聞こえないけれど、意識だけは手放さない。

まだ自分の中の答えを出せていない。二人の心は此処にはない。

だから取り戻す。心を奪ったのは、他ならぬ俺自身なのだから。


・・・昔、ずっと昔の話だ。

起動してから初めてできた弟、それがクラッシュだった。
俺が目覚めた時もそうだったけど、舌ったらずな言葉使いだった。
俺はそれでも漢字の発音くらいはできたし、そこまで言動が幼いということはなかった。
いつも「おにいちゃん」って俺の後を着いて来てた。最初は鬱陶しいと思ってた。だけど日に日にその思いは消えて、別の感情が生まれた。
新しく生まれた弟は初の任務の際に一つ上の兄と行動を共にする。それが初任務であり、初めての共同作業ということだ。
そのときのクラッシュの活躍ぶりに、俺は初めて心が動いた。
楽しそうに破壊活動を行う弟を初めて可愛いと思った。言動が赤子そのものだったクラッシュが、任務の時だけは誰にも負けないくらい輝いていた。
それはクラッシュが戦闘用なのだと思い知らされた瞬間でもあった。
だが、そんなクラッシュを見て、俺は可愛いと思った。俺が初めてまともにクラッシュと向き合った瞬間でもあった。
だからクラッシュが生まれた時、それは今まで信じられるのは自分だけだと思っていた俺の心が変わった瞬間だったんだ。

本当はクラッシュと同時に目覚めるはずだったもう一人の弟、それがフラッシュ。
俺の命を削るそれ、タイムストッパーの影響が人格プログラムの起動を遅らせた。
俺は直接お前の姿を見ることはなかったが、クラッシュがいつもお前の話をするから、俺はお前の誕生が楽しみだったんだ。
だけど俺とお前が初めて会った時、お前の第一声は「V字野郎」。まぁ俺が「ハゲじゃん!」って言ったからなんだが・・・。
それからは顔を合わせる度に喧嘩ばっかりしてさ、その度にメタルに怒られたり、クラッシュに喧嘩両成敗されたり・・・。

俺とクラッシュとフラッシュ、3人で馬鹿やったり、時に助け合ったり、とにかくいろんなことがあった。
俺はそんな毎日が楽しくて仕方なかった。

いつからだろうな、そんな毎日が辛くなったのは。

クラッシュが暴走したあの日から、俺の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
あの日からお前たちの繋がりが濃くなったのはすぐに気づいた。それくらい俺はお前たちが大事だったからな。
だが、お前たちの絆が強くなればなるほど、俺だけが取り残されているような感覚に襲われた。
わかってる、お前たちが悪いわけじゃない。わかっていたのに苦しかった。
だからこそあの日、俺は自身が壊れるのを感じた。頭では理解していても、体が言う事を利かない。思ってもいない言葉が次々と口から出ていく。
俺は自分を制御できなかった。

今ならわかる。

-クラッシュもこんな気持ちだったんだな-

口に出しているのかさえわからない中、俺はただ思考を巡らせる。

クラッシュのこの気持ちを理解したから、フラッシュも一緒に苦しんでたんだ。
どうして気づかなかった。二人と一番近い位置にいたのは俺なのに。
一番わかってやらなきゃいけない俺が、どうして二人を引き裂いた。どうして心を壊した。

目を瞑り、唇を噛み締める。

失って初めて気付くもの。
俺が欲しかったのはフラッシュではない。クラッシュでもない。どちらかが欠ければ意味が無い。

俺が本当に欲しかったのは・・・



目を開ければ橙と青。俺が一番好きな色。


二人の顔を見たその瞬間、俺の心は満たされた。

『―――ックイック!!』

二人が俺を呼ぶ声が、確かに聞こえたから。

そして意識を手放す直前に見た二人の瞳には、光が戻っていたのだから。


あぁ、俺の欲しかったものはこんなにも近くにあったんだ―――・・・。


答えは見つかった。

俺が本当に欲しかったもの。

心にポッカリと空いた穴はどんなものでも埋まりはしなかった。
その穴を塞ぐのはお前たち二人なんだ。

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