7.『彼』


薄暗い廊下を突き進む。無言で前を歩くクイックの後姿をフラッシュは怪訝な顔をして見ていた。
この先に一体何があるというのだろう。
状況の呑み込めないフラッシュはただ大人しく着いて行くだけだった。
やがて一枚の扉の前にたどり着いた。

「此処だ」
「・・・何の部屋だよ?」

今のフラッシュはこの部屋の存在すら知らない。この扉の向こうにいる『彼』の存在も知らない。

「こんなところに何があるって言うんだ?」

フラッシュのその問いには答えず、クイックは目の前の扉を開けた。
そこに広がるは闇。ただ暗闇が支配する空間。生気を感じさせない部屋。
精密なカメラアイですら部屋の中を映し出せない空間に機械である彼らでさえも恐怖を覚えた。
だが、フラッシュにはどことなく懐かしいような感じがした。

―懐かしい?馬鹿な、俺はこんな場所、知らない―

頭の中で自問自答するフラッシュに見向きもせずクイックは無言で奥へと進んで行った。
そこにいるはずの『彼』のもとへ。

闇が支配する空間の中、ただ一点だけ暗闇とは違う色をした場所。
その色が『彼』の存在を主張していた。
うまく作動しないカメラアイで映し出されたその姿は見るに耐えないものだった。
近くで見なければわからないが『彼』の体には無数の傷跡があった。おそらく自分でつけたもの。

いつだって『彼』はそうなのだ。
誰かが傷つくくらいなら自分が。
戦闘用である『彼』のその思想は理解し難いものだが、それほどまでに兄弟達を想っているということ。だから今回もまた同じように自身を傷つけているのだ。

返事がないのをわかっていながらもその名を呼んだ。

「・・・クラッシュ」

・・・ピクリ

しかし、クイックの予想に反して『彼』は反応を示した。
自分と同じ色の瞳を持つ『彼』はゆっくりと顔を上げた。
その瞳の中に焦点の定まらない虚ろな眼でありながらもはっきりとクイックの姿を映し出していた。

その瞳からはなんの感情も読み取れなかった。
だがクイックは『彼』のその瞳に恐怖した。

覚悟を決めて来たつもりだった。
全ての決着をつける為に、自分の中の答えを探し出す為に。
なのに、足がこれ以上前に進まない。『彼』の瞳から目が逸らせない。瞬きも、呼吸をすることさえもできない。
無感情の『彼』の瞳がクイックをその場に縛り付けていた。

「・・・?おい、どーした?」

先程から物音一つしない部屋に違和感を覚え、終わりのない自問自答を止めたフラッシュがそう問いながら部屋に足を踏み入れた。

刹那。

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

凄まじい声で響いたそれは『彼』の発した声。
『彼』は気付いてしまったのだ。かつて兄と慕った存在の後ろからこの部屋に入ってきたもう一人の存在に。

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

先程と同じく響き渡る凄まじい声。しかしそれは『彼』とは別の声。
フラッシュの声だ。
『彼』の領域に足を踏み入れたフラッシュもまた、『彼』の存在に気付いた。
カメラアイですら認識のできないはずの闇の中で『彼』の姿を捉えていた。

「「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」」

二人の声が重なり合い先程とは比べ物にならないほどの声が響き渡った。
声により『彼』の瞳の呪縛から逃れたクイックの聴覚センサーが麻痺を起こし、クイックの耳から音が、消えた。

心の傷は癒えることはない。いくら核のデータを書き換えたところで忘れることなどないのだ。

わかっていたはずだ。二人を合わせればこうなることくらい。それでも俺は・・・

聞こえなくなったはずの耳に聞こえる絶叫。
飛びそうになる意識をなんとか保ちつつ、二人の弟の腕を掴み抱き寄せた。
その間も二人の声は響く。しかし、クイックには聞こえない。
ただ二人を強く抱きしめた。

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