人間の新しい残り香が漂っている。ボクたち刀剣男士は人の姿をしている、でもこれは本物の人間の匂いだ。この本丸に人間は一人しかいない。
匂いをたどっていくと台所に明かりがついていた。女の子が独り、パジャマ姿で食パンをかじっていた。
「みーつけたっ」
少し意地悪に声をかけると、びっくりした主さんが振り返った。
「なんだ乱か」
「お腹すいたの?」
「うん、乱は?」
「お散歩、ボクもたーべよっと」
袋に残っていた食パンを取り出し、とろけるチーズをのせてオーブンに入れた。
「乱って前にも夜食したことある?」
「んー、はじめてかな」
「そっか」
「主さんは?」
「…何回か」
「そっか」
主さんは四分の一くらい残った食パンを食べずに手に持っていた。ボクのパンが焼けるのを待ってるのかな。
ボクたち刀剣男士に食事は必要無い。主さんと一緒に食事をすることはあるけど、それは主さんを安心させるために人間の真似をしてるだけ。夜に本丸の明かりを消して床に就く習慣も主さんのためだ。
焼けたパンを取り出して一口かじった。美味しい。食事の必要が無くても食べることは楽しい。主さんはまだ残った食パンを持ったままボクを見ている。
「…乱は太らないよね」
「うん、ボク達は変わらないはずだよ。あっでも他の本丸の短刀がバグで大人になった話なら聞いたことあるな~」
「そっか…」主さんの視線が落ちる。「良いな、私は普通に太るから」
「健康診断なら問題無かったでしょ?」
「そうじゃなくて、スタイルの話。もっと細い方が良いよ、みんなみたいに」
なるほど。元は美術品でもあるボク達は人間が好みやすい美しい見た目で顕現している。そして主さんくらいの年頃の人間は、自分の見た目を他人と比べて気にするものらしい。
「みんなが特別なことは解ってるよ。外で会う人達と全然違うし、かっこいいし、きれいだし、賢いし、何でも知ってるし、強いし、なんかいっつも良い匂いだし。私は気を付けないとすぐ太るし、勉強苦手だし、仕事も上手くいかないし、なんでもすぐサボろうとしちゃうし、弱いし、太りたくないとか言って夜中にパンにチーズのせて食べてるし。」
残ったパンは主さんの手からお皿に移っていた。冷めたチーズは固くなっている。
「ボク、主さんが勉強もお仕事も頑張ってること知ってるよ。ボク達が手入れ部屋に入るみたいに、主さんには食事や休憩が必要なんだよね。それに主さんはとっても可愛いよ。ボクは主さんが大好き。他のみんなも主さんが大好きだよ。いつもボクたちのこと考えてくれてありがとう。」
主さんがうつむくと涙が落ちた。ボクは主さんを抱きしめる。主さんの匂いがする。
「乱、ありがとう。」



『夜食』
刀剣乱舞の乱藤四郎と少女審神者の短編。
2020年6月pixiv初出。








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Twitterでフォレストの話題を見て、一つだけ小説があったのでサイトを作りました。
pixivはセクハラのニュースから非公開にしてる。
作品はこれ一つだけです。今後増えることは無いと思います。刀剣乱舞もうやってないし。

2024年6月26日