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声を瓶に詰めまして






最後に貰ったものは、砂が入った瓶だった。

「どうしても、前に進めなくなった時に、開けて」

そう言われてから、三ヶ月。
彼との思い出の地でもある浜辺に来ていた。
夕日が暖かくも、冷たい風を運んでくる。
枯れ果てた心も涙も、誰も包み込んではくれない。

「……もう、歩けないよ」

彼が亡くなってから、三ヶ月。
大丈夫と言い続け、前に進んできたはずが、いつの間にか、動けなくなってしまっていた。
こんなにも自分が脆いものだとは思いもせず、今はただ立ち止まることしか出来なかった。

「前に進めなくなったら……」

それが今なのかもしれない。
貰った小瓶のコルクをゆっくり開けるが、何も起こりはしない。
これはここの砂浜の砂なのか。
これを見て、思い出に浸れと言うことなのか。
それがさっぱり分からず、手のひらに出してみることにした。
何も起こるはずもない、そう思った瞬間、風が砂をさらっていく。
出さなければ良かったか、そう思ってもすでに砂は手のひらには残っていない。
あぁ、もう、なにも

「沙絵……」
「ヒロ……?」

何も起こるはずがなかった。
なのに、今、最愛の彼の声が風に乗って、聞こえてくる。

「愛しているよ。だから、生きて。前に進むんだ。これが僕の願いだ」
「ヒロ……ヒロ……」
「沙絵、愛しているよ。だから……」

神様がくれた奇跡なのかもしれない。
彼の思いが詰まった砂が、声を聞かせてくれたのかもしれない。
枯れたはずの涙が再び溢れだしてきた。
自分の声を殺して、消えゆく彼の声に耳をすませる。
忘れかけていた彼の優しい声が、暖かく包んでくれる。
生きる。
彼のために。
飛ばされた砂はもう分からない。
だから、小瓶には別の砂を少し入れる。

「ヒロ、ありがとう。私も愛してるよ」









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