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弟のワガママ




いつからなんて忘れた。
兄こそが、俺の中で一番大切な存在だったから。

「にいちゃん、おんぶ〜」
「仕方ないなー」

「兄ちゃんのそれかっこいい!」
「あとで貸してやるから、少し待ってろ」

「兄ちゃん!」
「兄ちゃーん」
「兄ちゃん……」

ずっとずっと兄の後を追っていた。
ずっと、ずっと。
だから、役者の道にもいった。
その時くらいから、愛称で呼び始めた。
兄としてではない。
ハルとして、欲しくなったから。
でも、それは叶わない。
兄弟なのだから。
それでも、欲しかった。

「うっ……」

兄の結婚式は辛かった。
披露宴の最中は、兄と奥さんの幸せそうな姿に耐えられず、終始トイレで吐いていた。

「俊二!」
「……ハル?」
「大丈夫か?」
「うん……。お酒飲みすぎたみたい」
「……披露宴終わったら、ホテルまで送ってやるから、ゆっくりしてろ」
「今日の主役にそんなことさせられないよ。オレは大丈夫だから」
「……そうか」

カッコ悪かった。
兄にこんな心配をさせてしまったことが。
しかし、涙は止まらず、胃の中を空っぽにしても、吐き気は止まることはなかった。

あれから数年後。
今日初共演と言う名目で、映画の撮影が始まった。
諦めがつきかけていた矢先に、あの崖のシーンの撮影が行われた。
恐ろしかった。
本当に失うのではないかと思うほど。
映画で兄の演じた人物が崖から落ちるシーンがあるが、そのシーンだけはどうしても見ることが出来なかった。
そして、悪夢にまで見るほどに。
あの瞬間が夢に出てくる度、ハルの手を掴めず、本当に落ちていく姿が何度も何度も繰り返される。
その夢を見た日は、勝手に家に上がり込み、ハルの温もりを勝手に感じ安心していた。
そして同時に、ハルを強く求め始めた。
絶対に叶わない。
昔のようにワガママを言って、受け入れられる訳では無い。
だから、小さくも、強く求めた。
そう、求めてたんだ。
応えてくれるなんて、期待してなかったのに。
いや、期待していたのかもしれない。
兄なら、ハルなら、弟の言うことを、聞いてくれるのではないのかと。

「ほら、言ってみろ」
「……いいの?」
「今更だな。言ったろ? いつもみたく、ワガママを言ってみろって」

嬉しかった。
嬉しくて、嬉しくて、堪らなくなった。
やっと、やっと、手に入れた。
ハル以外、いらない。
そう思うほど、ずっとずっとずっと欲しかったもの。
やっと……。





→あとがき
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