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懐中時計の記憶


キーッと、扉を開ける音が響いた。
拓馬は店の中へ入るための扉が、こんなにも大きな音を立てるとは思いもせず、慌てて手を添えながら、ゆっくりと閉めた。
店の中はとても狭かった。入って5歩でショーケースに当たり、壁もとても近い。

「やぁ、いらっしゃい」
「あ、どうも」

扉の音を聞いた店の主人が、奥から顔を覗かせた。

「あの、修理屋って聞いて来たんですけど」
「あぁ、そうだよ」
「じゃあ、これお願いします」

拓馬は首から掛けた懐中時計を主人へ渡す。
白い手袋をはめると、懐中時計を受け取り外面を見てから、蓋を開けた。

「ほう、面白いことになってるね」
「もう、直りませんか? じいちゃんから貰ったもので、出来れば使いたくて」
「大丈夫だよ、別に壊れた訳じゃないから」

懐中時計は至って綺麗にされていた。外面には一つ小さなだが傷はあるが、それ以外は綺麗だった。
けれど今、懐中時計の針は正常に動いては無かった。1、2、3、と動いていくはずなのに3、2、1、と時を遡っていたのだ。

「いつから?」
「一昨日、じいちゃんから貰ってから」
「そのお爺様は?」
「懐中時計を僕に渡してから、亡くなりました」
「そうか」

主人は懐中時計を拓馬に渡すと、「ちょっと待ってて」と裏へと消えた。
手の中で、チクタクと動く針はやはり時を遡っている。
僕が使うことを拒否してるのかな?ーーと、考えていると主人が裏から少し大きな映写機を出してきた。
店の中はとても狭いので、映写機を置くだけでめいいっぱい店を使っているようだった。

「懐中時計、借りてもいいかな?」
「はい」

再び、主人の手の中へ懐中時計を置く。すると、映写機へ近づけていく。
なにをするんだろう?ーーと、考えていると、懐中時計からスルスルと白く光るフィルムのような物が、出てきた。

「これは……」
「懐中時計が見てるものだよ」

フィルムは勝手に動き始めると、映写機へとセットされていく。映写機も勝手に動き始める。

「懐中時計は、お爺様が亡くなって悲しんでいるんだろうね。それで昔のことを思い出して、時を遡っているんだと思うよ」

部屋の中の灯りを消すと、映写機のレンズから映像が壁に映し出される。しかし、それは一つだけでなく無数に溢れ出していた。
壁や天井には若かりし頃の祖父が映っていた。

「じいちゃん……」
「懐中時計にとっては、とても素敵な出会いだったんだろうね」

初めて懐中時計を買った日。川に落とした日。祖母に出会った日。息子に出会った日。孫に出会った日。様々な思い出が映像で映し出されていく。

「一度、」
「ん?」
「一度だけ、じいちゃんに怒られた事があるんです。そのこと以外では絶対に怒ならなかったじいちゃんが、凄い剣幕で怒鳴ってきた……」と、天井に映し出されている一つの映像を指さしながら、「懐中時計を見たことなかった僕が乱暴に扱って、傷を付けてしまって。その時は凄い怒られた」

懐中時計を見ると、一つ小さな傷がある。

「それも懐中時計にとってはいい思い出のようだね」

無数にあった映像が一つだけになった。そこには祖父が映る。

「これからは、拓馬と時を刻んでおくれ……。私はそろそろ逝くよ。まだまだ元気なようだからね、拓馬をよろしく」

映写機がゆっくりと動きを止めると、懐中時計からもフィルムが消えた。

「終わったみたいだね」

主人が蓋を開けると、現在の時刻をしっかりと刻み始めていた。

「はい。これでもう大丈夫」と、懐中時計を拓馬に返す。
「ありがとうございます……」
「懐中時計は、お爺様との思い出を君と見たかったのかもね。おうちに帰ったら、思い出話でもするといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「いいえ」
「いくらですか?」
「1000円でいいよ」
「本当に!?」
「今回は簡単だったからね。もっと難しかったら、5000円とか取るけど」
「良かった、高かったらどうしよって思ってて」
「大切にしな」
「はい!」

拓馬は500円玉2枚を主人に渡し、店の扉を開ける。再び、キーッと大きな音が鳴る。

「ここの扉、直した方がいいですよ。修理屋さんなんだから」
「いいんだよ、その音でお客が分かるんだから」
「そうですか。じゃあ、ありがとうございました!」

店から出ていき道を歩いていく。ふと、後ろを振り返ると、そこには公園しかない。

「あれ、お店がない?」

拓馬は不思議そうに辺りを見渡すが、店はどこにも無い。むしろ住宅街の中に店なんかはない。そこにある公園もポツリと作られた小さなもの。

「必要としてる人の前に、やって来てくれる……。あれは本当だったんだ」

拓馬は首から掛けた懐中時計の蓋を開ける。チクタクとしっかりと時を刻んでいる。

「これから、よろしくね!」

拓馬は足を早め、家へと帰る。


* * *


裏から出してきた映写機を、なんとかまた裏へ戻そうと奮闘し始める主人。

「もう少し広い店を構えたいけど、家賃高いから、我慢しないと。やっぱりお代はもっと取っていいのかな?」

修理屋は、必要としている人の前に店を構える。けれど、この修理屋はまだまだ未熟者。
客と共に、成長するために今日も店を開く。
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