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バレンタイン



「これは……なんとも……」

バレンタインまであと三日。
街中はバレンタインデーに向けて、チョコレート商戦が最後の盛り上がりを見せていた。

「すげ……」
「ちょっと!」
「ほえ?」
「もう、離れないでよ! そんなに広くない会場って言っても、人が多いんだから」
「すまんすまん。人酔いしかけてた」
「全く」
「今日、暑くね?」
「外もだけど、ここは人口密度高いもんね」

二月にしては、気温が高くなったこの日、岳史と華江は銀座にある百貨店のチョコレートの祭典に足を運んでいた。
最上階に近い催事場に来るまでに、たくさんの人が上着を脱ぎ、冷たい飲み物を求めるほど、会場内の熱気は、高まっていた。

「さてと。とりあえず一周していい?」
「うん」
「じゃあ、あっちから」

大学の同じサークルの二人。
今日はバレンタインの日に活動があるというので、その前に祭典でチョコレートが買いたいという華江に付き合う形で、岳史も来ていた。
しかし、さすがチョコレートの祭典。
女性客が多く男性である自分は少し浮いているようにも思えたが、周りの人たちはそんなに気にしている様子もない。

「あ!」
「なに?」
「アイスだ!」
「え、マジで?」
「食べよ! 食べよ!」
「一周しないの?」
「まずは、体を冷やす!」
「賛成」

人混みを避けながら、お店の前に着く。
目を輝かせながら、ショーケースの中を覗く。

「チョコも美味しそう……」
「まずアイス」
「そうだね。お! ホワイトチョコのアイス!?」
「へぇ、バニラだと思った」
「珍しいね! どっちも買お! 分け合いっこ!」
「はいはい」
「すいませーん! ひとつずつください!」

チョコレートアイスとホワイトチョコレートのアイスを頼む。
財布からお金を出そうとすると、華江が首を振る。

「バレンタインですから」
「……いいの?」
「もちろん! 今度奢ってね!」
「……なんか違くね?」
「お待ちどうさまでした〜」
「ありがとうございます! イートインスペースあるって、行こ!」
「んー なんで、違う気がするんだけどなーって、アイス寄越せ」

背の小さい華江がアイスを持ちながら、人混みを歩いていくのは危険と察した岳史がアイスを二つとも奪い、イートインスペースへ歩いていく。

「先導して」
「おーけー」
「うげっ」

取り損ねたマフラーを掴まれ、力強く引っ張られる。
首が締まり過ぎて、ただでさえ人混みで息苦しいのに、更に息苦しさが増す中、イートインスペースへ解放された。

「ふぅ……」
「アイス! アイスッ!」
「どっち?」
「ホワイト!」
「はいよ」

まばらなイートインスペースの端を陣取り、アイスに頬張りつく。
マフラーを外しながら、食べるアイスは火照った体をゆっくりと下げていくのが、分かる。
冬なのに、こんなにアイスが恋しくなるとは。
岳史は他にもアイスのお店があるのを遠目に見ながら、まずは目の前のアイスを消費する。

「一口プリーズ」
「ほいよ」
「ありがと」

エコを意識した紙のスプーンが、濃い茶色のアイスをすくい上げる。
その反対に、岳史のスプーンには、白く甘そうなアイスが乗っかる。

「おっ! ちょっとビター系。でも、これはこれで美味しい」
「このチョコで、ミックス作ってくれたらいいのに」
「分かる! ミックスアイスは正義」
「そこまでは……。あ、で、」
「ん?」
「誰に買うんだっけ?」
「あーえっと……。リンちゃんに、なっつに、雪ちゃんに、ネネに、あーちゅん」
「と、愛しの君、か?」
「へ?」
「ん? だから、お前の片想いの相手にだろ?」
「い、愛しの君って……」
「間違ってはないだろ?」
「……そーだけど」
「男の意見が欲しい〜って言って、俺の事連れてきたんだろ?」
「そうっす」
「俺の好みで、意見していいのかな?」
「……お前のでいいんだよ」
「ん?」
「なんでもなーい! よし、買うぞ!」

あまり広くはないが、中々に人が多く、ショーケースをの中を見るのも一苦労だ。
しかし、二人は寄る度、寄る度、試食を貰い、値段に驚き、笑っていた。
「なんでこんな所に来たんだ?」と聞かれたが、ただの興味でしかないと答え、今は少し後悔気味だった。
安いのもあるが、数は少ない。
一番驚いたのは、薄い焼きチョコ菓子が三枚で三千円したことだ。
さすがにアルバイトをしているとはいえ、もう少しコストパフォーマンスがいい物を選ぶことにした。

「え、」
「どったの?」
「あれ……」

岳史が指さす方を見ると、豚のぬいぐるみが山積みになっているのが見えた。

「豚だ」
「豚さんだ」
「なんで、豚」
「可愛い……」

顔を見合わせると、小走りで売り場に向かう。
そこには豚のチョコレートがたくさん並んでいた。

「え、顔! 可愛い」
「おいおいおい」
「痛い、痛い。叩かないで」
「これ」
「……お肉の部位みたいになってる」
「え、ここ面白い」
「これ可愛いよ! 豚さん羽根生えてる」
「こちらのお店は、今回の催事のみの出店なんですよ〜」
「そうなんですか?」
「はい。常設店舗などはないので、次来るとしたら、また来年のバレンタインですね〜」
「……欲しい」
「……この羽根生えてる豚のチョコください」
「え、買うの?」
「うん」
「そちらのチョコレートと少しお値段上がるんですが、このぬいぐるみ付きのもオススメしておりますよ〜」
「おっ、じゃあ、そっちの一つ」
「かしこまりました!」

物欲しそうにしている華江だが、ここまで購入したものたちで、予算がオーバー気味のため、自分用は購入しないことにしていた。
しかし、目の前にあるチョコがあまりにも美味しそうで。

「よし、買えた。帰るか?」
「……うん」
「どうせ、明後日貰えるんだから、我慢しろよ」
「そうだね」

溜息を吐きつつも、仕方なく売り場を後にした。
買いたいものは買えた。
最近発見されたというルビーチョコレートに、岳史がやたらと食いついていたので、それを愛しの君へ渡すように購入は出来た。
それだけでも満足なのだから。

「じゃあ、俺こっちの路線だから」
「うん! 付き合ってくれてありがとっ」
「いえいえ。あ、はいこれ」
「え」
「ハッピーバレンタイン」
「え、これ、さっきの」
「ホワイトデーのお菓子より、華はこっちのチョコレートとかの方がいいだろ?」
「うん……ありがと……」
「どういたしまして。ぬいぐるみ、大切にしろよ」

ニカッと笑う岳史に、華江は少し視線を外しながら、一つ紙袋を差し出す。

「ん?」
「あげる! 毎年あげてるんだから、今年も」
「さっきのアイス買って貰ったけど」
「あれはあれ! これはこれ!」
「そう? じゃあ、貰うわ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、また明後日ね!」
「おう、気をつけて帰れよ〜」

赤くなった顔を見られないように、華江は小走りで駅へと向かった。

「ん? アイツ、サークルメンツの五人と愛しの君への六つ買ったはずだけど、俺に渡したら、足りなくないかな? しかもこれ渡す予定のじゃ?」

首を傾げつつ、知らない間に多く買っていたのかと納得し、岳史は百貨店を後にした。
そしてバレンタインデー当日。
「どうして、その場で告白しないの!?」と、女子たちに叱られたのは、言うまでもない。




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