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桜が散る時、春が訪れる

「明後日……か」
「えぇ……」

日もすっかり落ちてしまい、雪降る雲の切れ間から、月が淡く光を差す。

「まだまだ沢山話したいことがある。これから行く国の話し、弟達の話し、まだまだ沢山」
「私も聞きたいわ。キラキラと美しいものも、ワクワクするような楽しいものも」
「まだまだ沢山……」
「えぇ。沢山、沢山……」

後悔することをしたくない。
けれど、どんどん悔いることが溢れてくる。
あれも、これも、と。

「サクラ、僕に何か出来ることはあるかい?」
「出来る、こと?」
「あぁ、何か、ないかい? 一つでも、悔いを残したくないだろ」
「……そうね」

目を瞑り、考えてみる。
その様子をじっと見つめる渡り鳥は、優しく手を握っていた。
雪虫はというと、少し離れたところで、二人の様子を見ながら、小さな雪だるまを作っていた。

「飛んでみたい」
「え」
「この街の空を飛んでみたい。この街を見てみたい」
「……いいな、それ」
「木のそばにいないと、死んでしまう。けれど、最後に」
「分かった。なら、行こう」

優しく手を引くと、渡り鳥の体が浮き、サクラの体も一緒に浮いていく。
そして、ゆっくりと空を飛んでいく。
雪虫も楽しそうに、二人の周りを回ったりしながら飛んできた。

「うわぁ……。こんなにも、こんなにも、楽しいのね」
「いつも飛んでいると、そんなことは思わないけれど」
「二人はいつもこんなにも素敵な景色を見ているのね……。美しくわ、とっても」
「そうか……」

いつの間にか、三人が飛んでいる周りには、雪と桜が舞っていた。
街に雪と桜が、踊るように降ってきた。

「……雪? 違う、これ、桜の花びらだ……」

千春は月明かりに照らされている外を覗いた。
そこに、雪虫、渡り鳥、サクラが楽しそうに飛んでいる姿が見えた。

「書生……さん」

あんなにも愛おしそうな表情をした彼を見たのは、あの桜を眺めている時と同じだったと、思い出しながら。

「ママ! さくらがふってるよ!」
「何言ってるの? ほらもう寝なさいな」
「ほんとうだよ! ほら、ほら!!」

パジャマ姿の冬悟が、窓の外を指さす。
それに促され、母親も外を覗いてみる。
そこには冬悟の言うように、桜の花びらが降ってきていた。

「本当だわ……」
「ねぇ、ママ! さくらさんのところにいこう!」
「えぇ。でも、明日ね。今日はもう遅いから」
「うん!」

母親はこんなにも不可思議なことが起こるのかと驚きながら、降ってきた桜の花びらを一枚拾ってみた。
この家でだけでなく、他の家の人間たちも不思議そうに空を見上げていた。

「私はこんなにも、美しい街にいたのね」

丘の上から見える景色はほんの一部。
見えなかった場所、聞いたことのない場所。
サクラの知らない街の表情が、こんなにも美しいとは思わなかった。

「さぁ、あの上を行こう」
「えぇ」

ゆっくりと低空飛行になると、弟や妹のいる桜並木へと近づいていく。

「お姉様!」
「姉ちゃん!」
「大好きよ、姉さん」
「えぇ、私も」

たくさんの桜たちが笑顔で迎えてくれた。
触れることは決して出来ないと思っていたのに、今、こうして触れ合える。
その喜びを噛みしめながら、サクラはゆっくりと離れていく。
ほんの一瞬かもしれない。
けれど、サクラにはその一瞬が喜びだった。

「さぁ、帰ろう」
「えぇ」

丘の上に戻ると、真っ白に、そして桜色に染まる街が見えてきた。

「私はこんなにも、美しい街にいたのね」
「あぁ」
「こんな幸せ、他にないわ」

ゆっくりと雪が止んでいき、やがて夜明けがやってきた。
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