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桜が散る時、春が訪れる

サークラ!」
「っあら!」

冬の足音が聞こえてきたと同時に、また雪虫がやって来た。
こんなにも一年が早く来るのかと、サクラは驚きと同時に、淋しさを覚えた。

「あら、人間……。こんな冬の日にも来るのね」

雪虫とサクラは、上の方の太い枝に座り見下ろす。
不思議そうに見ている雪虫に対して、サクラはそっと人間の言葉に耳を済ませる。
どんな言葉が出てくるのか、分かりきったように。

「何年ここに?」
「軽く百年、二百年はいってるだろうな」
「桜並木の方は、まだ五十年そこそこだったな……」
「この街のシンボルだから、な……」

男性数名が桜を見上げながら、悲しげな表情を浮かべながら話している。
なぜ、そんな表情を浮かべるのか、雪虫はさっぱり分からなかった。

「ねぇ、サクラ。あの人間たち、何話してるの?」
「……私のこと」
「ん?」

一同のため息が聞こえた後、一人の男が重く澱んな空気の中、口を開いた。

「もう、この桜は駄目だな……」

ハッキリと、そう呟いた。

「え、今……」

人間の言葉に雪虫は耳を疑った。
桜が駄目とはどういうことか、と。
こんなにも元気にそびえ立っているのに。
今、横にいる桜の精は何一つ、怪我をしていないのに。

「サクラ……」
「……あの人間が言っていることは、本当よ」
「嘘……。嘘でしょ!? 」
「嘘じゃないわ」
「……そんな」
「……次の春は迎えられないわね。パァっと咲いて、散りたかったのだけれど、無理みたい」

サクラは淋しそうに笑みを浮かべる。
手のひらを見ると、少し腐ったような色が、広がっていた。

「でも、人間の技術はとてもすごいものだって聞いたことあるわ! ここの人間も、きっと貴女のことを」
「いいえ」

首を振ると、悲しそうに桜を見つめる人間たちを、愛おしそうに笑いかける。

「雪虫がここへ来る前から、彼らはたくさん考えてくれたの。けれど、やっと無理だと判断してくれたわ」
「……どうなるの?」
「春が来る前に、切り倒すそうよ」
「そんな……」
「いいの。このままここに居ても、腐って倒れるだけだから。倒れた時に人間が近くにいて、怪我をされるより、切り倒してもらった方が、私はいい」

死ぬことは、恐ろしいことだというのに、サクラは人間たちのことを考えていた。
今にも泣きそうな雪虫が、サクラに勢いよく抱きつくと、声を殺して泣き始めてしまった。

「私は幸せだったわ。こんなにも長い時間を生きてきて、あんなにもたくさんの人間に、貴女に、他にもいろいろな方々に愛されたのだから」

優しく雪虫の頭を撫でる。
幸せそうな顔で、雪虫を包み込むように、抱きしめながら。

「いきなり切り倒しては、街の人たちは、納得いかないよな」
「回覧板でも、回すか……」
「市の掲示板にも掲載したいですね」
「……最後に、伐採式のようなものをするのはどうですか?」
「あぁ、いいですね。お別れ会のようなもの。危険が無いように配慮はしないとですが、きっとたくさんの人がこの桜に思い出があるでしょうから」

人間たちの言葉にサクラは目を見開いた。
まさか、そんなことをしてもらえるなんて、思いもしなかったから。

「あぁ、私はこんなにも愛されているのね」

嬉しそうに満開の笑顔を咲かせる。
どうにか、どうにか、最後に一度だけ、花を咲かせたい。
サクラは自身の枝を見つめる。


* * *


あれから数日経った夕方。
街の職員たちによって、桜の倒木が決まった知らせが広まってから、人々が桜を見にやって来ていた。
それを見る度に、サクラは嬉しそうに笑った。

「ねぇ、サクラ」
「なぁに?」
「聞いてみたかったことがあるんだけど、サクラはここに一人で淋しいとか思わないの?」
「そうね。ここには一人だけど、あそこに妹や弟たちがいるから」

丘の上から見える桜並木道に目を向ける。
そこにはたくさんの桜の精たちが、楽しそうに話しているのが見え、時々こちらを見ては、大きく手を振ってくる。
それを見て、小さくだが手を振り返す。

「私はここから、あの子たちを見ているだけでも幸せよ」
「そう。あの子たちは知っているのかしら」
「たぶんね。きっと人間たちが話しているのを聞いているでしょうから」

それでもサクラは暗い表情を見せなかった。
いつもの明るい笑顔だけを見せて。

「……彼には」
「え?」
「渡り鳥は、知っているの?」
「さぁ、どうかしら」
「どうかしらって……」
「彼が来ていた時には、伝えていなかったから」
「どうして!」
「……次も、会えると思ってしまったから。けれど、無理だったわ」
「……伝えよう」
「え?」
「渡り鳥に、伝えよう!」
「でも……どこにいるかも、分からないわ。それに私はここから動けないから」

きっとサクラは会いたいはず。
そう雪虫は思った。
腰掛けていた枝の上に立ち上がると、サクラに向かって涙目になりながら頷く。

「私が行く」
「え、」
「私が、渡り鳥を連れてくる」
「でも、彼がいるのは春の来ている国よ」
「気まぐれで、春に雪が降る時もあるわ。きっと連れてくるから。それまで待っていて」
「……雪虫」
「ね、サクラ。このままお別れなんて、ダメよ。逝ってしまってから、後悔するわ。彼も、貴女も」
「……でも、」
「彼は泣く、きっと。泣き顔なんて、見たくないでしょ?」
「……えぇ」
「きっと、連れてくるから。きっと」
「……分かったわ」
「待っていて、絶対」
「えぇ、分かったわ。一週間後、私の倒木が行われるわ。どうか、それまでに」
「任せてちょうだい。きっと連れてくるから」

サクラの手を一度強く握ると、雪虫は雪の降る空へと飛んでいった。
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