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春が訪れ、そしてまた散る


「さぁて! そろそろ私は行こうかな?」
「そう、行ってしまうのね」
「また冬になったら来るわ!」
「待ってるわ。そしたら、またたくさんお話を聞かせてね」
「もちろんよ! じゃあ、またね」

雪虫は明るくなっていく空に向かって飛び立った。
そして、春がやってくる。
雪は溶け、眠っていた動物たちは目を覚まし、街は芽吹き始めた。
一日、一日、寒さが溶けるように、暖かみが増していった。

「サクラ!」
「あら」

小さな鳥が桜の木へと近づいてきた。
サクラが両手を伸ばすと、風が鳥を取り囲みそこから人の手が伸びてきた。
そして、サクラの手に自分の手を重ね、下りてきた。

「また、帰ってきた」
「ええ、おかえりなさい、旅人さん」
「おや、可愛いものをしているね」
「貰ったのよ、素敵でしょ」

黄色いマフラーに手を伸ばすと、渡り鳥は「ああ」と笑う。

「まだ蕾だ」
「ええ。今回は早く着いたのね」
「ゆっくり来たつもりだったけど、会いたくて仕方なかったのかもな」
「あら。そう言えば、彼女も来ていたわ」
「彼女?」
「えぇ」
「……あの子か」
「健気よ。貴方に会いたくて、夏も秋も冬も来ていたのだから」
「……そうか」

なんだか嬉しそうに笑う渡り鳥に、サクラは楽しそうに笑った。

「また春が来たのね」
「あぁ」
「この春が、とても愛おしいわ」
「僕はいつも、愛おしく思うよ」
「そうね。でも、今年は特別な気がするわ」
「……何かあるのかい?」
「……いいえ」

いつものような微笑み。
けれど、どこか儚げなものでもあった。


* * *


満開の桜の下。
街の人々が集まり、桜を愛でていた。
その中に、千春の姿があった。
人混みから少し離れたところで、絵を描く彼女の背後から一人の男性が近づいてきた。

「おや、いい絵だね」
「え!? あ、書生さん!」
「やぁ、昨日ぶりだね」
「こんにちは」
「今日はこんなところにいたんだね」
「ここからの方が、桜全体が見れますから」
「確かに。今日は日差しもあって、人が多い……」
「人混みは苦手ですか?」
「まぁ、少しね。でも、」

風が吹き桜の花が小さく揺れている。
その姿は、微笑んでいるようにも見える。

「桜が嬉しそうだからね。僕も嬉しいかな」
「桜が、嬉しそう……」

人々の笑顔が、桜に向けられる。
その笑顔に答えるように、桜が笑い返す。

「みんな、幸せそうですね」
「あぁ、桜が咲くと人は笑う。不思議な花だ」
「そうですね。こんなにも愛されている花は、そうそうない気がします」
「そうだね。日本人はこの一瞬をとても大切にしている。素敵な心だね」

ひらりと舞い落ちてくる花びらに手を伸ばす。

「うわー! すっごい!」
「綺麗ね」
「花びら拾って、持って帰っちゃお!」

子どもが笑い、大人が見とれる。
老若男女に愛される、それが桜だ。

「桜は本当に不思議な花だ。普段は出会わないであろう人やそれ以外をも繋ぎ合わせてしまうから」
「それ、以外?」
「……ああ、それ以外もだ」

彼は嬉しそうに満開の笑顔を花開かせる。
そしてまた春が終わる。
長いようで、短い、ほんの一瞬しか咲かない花がまた散り始めた。
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