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私と書生さん


暖かい国へ飛ぶ、僕は渡り鳥。
今までに色々なところへ行ったけれど、必ず行くところがある。
それは日本。
日本の春はとても美しい。

「また一年経ったのか」
「あらあら、今年も来たの? 小さな旅人さん」
「やあ、久しぶり。美しい桜の精」
「久しぶりね、旅人さん」
「おや、これは本?」
「さっきまでそこに人間がいたの。忘れていったのね……。でも、きっと帰ってこないわ」

この日本という国にいる人間は、桜を愛している。
そして、桜も人を愛している。
だから、サクラは哀しい顔をする。

「……人間の命は短いわね」
「僕たちの命はもっと短い」
「うふふ。そうね、でも貴方は毎年来る」
「僕は仲間を見守る役目があるから」
「そう。さぁさぁ、話を聞かせてちょーだい。貴方の話、聞きたいわ」
「あぁ、いいよ。んーまずはどこの話にしようかな?」

彼女が散るその時まで、僕はこの美しい国に滞在しよう。


───私と書生さん───


春。
今年は桜が三分咲きの頃、渡り鳥はやってきた。
これから長く短い花の季節がやってくる。

「今日は暖かいわね」
「あぁ、そうだね」
「少しお昼寝でもしようかしら」
「暖かいからいいかもね」
「うふふ。じゃあおやすみ」

サクラはふんわりと吸い込まれるように、木の中に入っていった。
渡り鳥は木の根元にある小さなベンチに腰掛け、本を読み始めた。
スタンドカラーのシャツに黒いズボンと、シンプルな服装だ。

「あれ……人がいる……」

一人の女子高生がスケッチブックと筆箱を持って、丘の上にある桜の下へやってきた。
彼女は恐る恐る、渡り鳥に近付いていく。

「おや」
「こ、こんにちは」
「こんにちは。桜を見に来たのかい?」
「はい。ここは日差しがよく当たって、早く咲きますから」
「確かに。下の並木道はまだ蕾のものもあるからね」
「そうですね……。あの、隣良いですか?」
「あぁ、もちろん。どうぞ」

彼女は彼から少し距離を取って、ベンチに座る。
スケッチブックを広げ、桜を見上げる。

「綺麗……」
「あぁ、とても綺麗だ。この桜は特別」
「はい」
「君はここの子かい?」
「いえ、春休みを利用して、家族で親戚に会いに。ただ、近い年齢の子がいなくて、退屈になっちゃって。ここは特別うるさい訳では無いですし、静かすぎないのもいいなって」
「そうだね。ここは、とても落ち着く場所だ」

そよ風が彼の髪の毛を靡かせる。
彼女は彼の人間離れした雰囲気に、見とれてしまっていた。

「綺麗……」
「満開になればもっと綺麗さ」
「……そう、ですね」

まるで桜が笑っているかのように、枝小さく揺れ始めた。


* * *


「こんにちは」
「やぁ、こんにちは」
「だいぶ咲きましたね」
「明日、明後日には満開になるだろうね」

二人が初めてあってから、もう数日経った。
あれから桜も八分咲きにまでなっており、もう少しで満開になるところだ。
そのためか、地元に住む人々が、花見をしに来ていた。
この丘から見下ろすところにある並木道も徐々に咲き始めていた。
そこはまだ五分咲きにも満たしていないが、桜色が広がっていた。
彼は桜を見、彼女はスケッチブックに桜を描いていく。
それが二人の間に流れる時間。
喋る時もあるが、なにも喋らずにいるのもなんだか、心地がいい。

「あ!」
「ん?」
「あの」
「どうしたの?」
「聞こうと思ってて忘れてたんですけど、お名前聞いてもいいですか?」
「ああ……。んーなにがいいかな」

楽しそうに笑うが、彼女は首を傾げる。

「君が決めてよ。なんでもいいよ」
「え!?」
「なんて、呼びたい?」
「えぇ……、えっと……。書生、さん?」
「ん?」
「昔の学生さんです。私も詳しくは分からないんですけど、服装がとても似ているなって」
「……へぇ、うん。いいね。じゃあ書生さん、で。君の名前は?」
「私は千春です」
「千春、うん。綺麗な名前だ」

優しく囁いた千春の名前が、風に優しく吹かれるように、空気に溶けていった。


* * *


「もう、葉桜になってきましたね」
「早いね」

桜が咲いているのはあっという間。
そして、千春が帰る日も近づいてきた。

「私も、新学期の準備をしなきゃ」
「学校というところは、楽しいかい?」
「はい」
「そう」
「書生さん」
「ん?」
「夏休み、また来ます。ここに来れば、また会えますか?」
「……どうかな」

彼は笑みを浮かべたが、どこか儚げで、今にも散ってしまいそうなものだった。

「春に」
「え」
「桜が咲く、春になら必ず会えるよ」
「春に……」
「あぁ。僕は渡り鳥だから」

そして、葉桜となり、桜が散ると彼は桜の下に現れなくなった。
夏休みに訪れる予定だったが、その前の長期休みであるゴールデンウィークに、ただ彼に会いたいという一心で、千春はこの街を訪れた。
しかし、彼は居なかった。
夏も、秋も、冬も。
そして、再び春が訪れた。

「やぁ、久しぶり」
「……はい!」

彼はあの時と同じ笑顔で、千春を迎えてくれた。


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