死印



興味



 先代のそれ蒐集癖とはまた違った収集癖である自覚はあった。じゃないと現場にあるものを彼是あれこれと触ったり、集めたり、眺めることをしないはずだ。無論、それらはいつも危険と隣り合わせで、悪戯に触れてしまうことで霊障に遭遇することだって少なくはない。

 いつだって気づいた時には異常が起きていたりする。
 今だって。
「いや、その……気にはしないが。いや、気にはなるかもしれない」
 先に口を開いたのは相手の方。面食らった様な、気まずい様な顔をした男と目が合う。どうしてそんな顔をしているのかと問われれば、他ならぬ俺のせいなのだ。何の気なしに、折りたたんだ状態で椅子の背もたれに掛けられていた大門の白衣を手に取って、そのまま匂いを嗅いでしまった。
 なにも自分だって、いかにも、すぐに着ることのできる風に置いてあれば手に取ることもないのだ。言い訳をすれば、あまりに取りやすい位置にあったのがいけない。お中元ほどの四角形に畳まれて、くたりと背もたれの上に乗っているのがいけない。そこにあるには不自然で、手に取ってみろと言わんばかりではないか。
「あ、すまない。えっと、いい匂いだ、薬品の……消毒液の匂い、と」
 そう言ってから無意識にもう一度、白衣を鼻の近くに持っていく。あ、間違った。いつも、やってから気がつく。
 「と」、じゃない。なにが「と」、だ。俺は馬鹿か。彼の言う〝気になる〟というのは、〝香りが〟ということではなく、〝嗅がれることが〟ということなのは頭では分かっている。けれど考えを程々に、反射的に手を動かしてしまうのが、自他共に認める悪癖であった。

「違う。すまない、ま、間違えた」
 目が泳いでいるのが自分でも分かる。というか、あれだ。感想を言うのも変だった気がする。この空間からさっさと飛び出してしまいたいが、逃げ出し方が分からず、ただただ目の前の男の返答を待つ。
「いいんだ八敷君。君の何でも確認する癖はよく知ってるよ。変な匂いがしていなければいいのだが」
 対する男の声はいつも通りで、余計恥ずかしくなる。
「大、丈夫だ。いい、好きな匂いだ。……あ、ちが、違くは、無い、が……」
 口を開けば余計な事しか出てこない!

 ダラダラと冷や汗を流していると、何とも言えぬ微妙な空気を壊す様に大門の笑い声が響いた。
「ん、ふふ、ははは! あぁ、す、すまない。ふふ、君があまりに可愛くて」
「だから、な、何度も謝っているだろ!」

「なぜここに置いて行ったんだ……早々忘れるものでもないだろう。いつも着ているのに」
 同意できない事まで言われた気がするがそれどころではなかった。訂正するのも忘れて、男に責任をなすり付けようとする。すると彼は辺りを一瞥するように首を動かして、ふっと笑った。
「だって、見てみなよ」
 そう言って彼は部屋の周囲を指を指していく。
「窓際には森宮君が置いて行ったアサガオ、机には真下君が置いて行った煙草、安岡先生のストール、戸棚には柏木君のマグカップだろう? 他にも明らかに君のものではなさそうな私物がチラホラ……。せっかくだから僕も参加したくなってね」
 そう言って大門は、顎の下を撫でながら微かな笑みを浮かべた。
 確かに、事務所とも呼べるこの空間には彼らが置いて行ったものや忘れていったもの、専用に置いているものが点在している。たまに依頼の解決を手伝ってくれる皆は、もはや仕事仲間だ。あまり気にしてはいなかったが、てんで趣味の異なる道具達は、ただでさえ書類の山と配線でゴチャゴチャとした部屋の混沌に拍車をかけている。
「わざわざそんな事するな……」
 思えば彼は時々突拍子もない所があった。そんなつもりはほとほと無かったのだろうが、イタズラにまんまと引っ掛かった気分になる。
 依然としてニマニマと口角を上げているのが悪い。

「好きだと聞けたのは思わぬ報酬だった。これからも自信を持って白衣を着るよ」
「そっちは……頼むから忘れてくれ……」
 今着ているそれの襟をわざとらしく正しながら言う男に、持っていた服を弱々しく押し付けた。

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