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第二章

斎藤に見送られ、遥と青年は対面する。
青年は茶色がかった髪が首の後ろを少し隠し、鼻筋の通った顔立ちをしていた。


「私は生徒会副会長の宝条楓と言います」
「俺は緒方遥です。迎え、ありがとうございます」
「いえ、構いませんよ。では、今から理事長室に案内しますね」


着いてきて下さい、との言葉に従って遥は宝条の後を追う。
理事長、つまり忍に今更挨拶も何もという感じだが、忍と遥に関係があることを知られると学園潜入がバレてしまう恐れがあるため形式に則ることにしたのだ。


「緒方君は二年生ですよね?」
「はい」
「では私と同い年ですから、敬語でなくても構いませんよ」


高校生だと微塵も疑われていない遥は内心ヘコみながら、申し訳なさそうに首を振る。


「俺の敬語は癖みたいなものなので、気にしないで下さい」
「そうなんですか? 私と同じですね」


上品な笑みを浮かべた宝条に遥は気付かれない程度に眉をピクリと動かしたが、宝条君もなんですか、と何事も無かったかのように返した。
遥は一ノ宮学園では敬語キャラで行くことになっていた。
性格まで変えなくてもと忍に言ったのだが、忍は断固として譲らなかった。
曰く、変装だけじゃ男前なオーラは隠せないから!! …らしい。
どうやら忍は一ノ宮の同性愛者に遥が惚れられるのを危惧しているようだ。
だが遥は、それはないだろと肩を竦めた。
青春真っ盛りの高校生が自分のような二十二才の男なんて、いくら高校生と偽っていても本能で恋愛対象から外すだろ、と。
それを聞いた忍に、本能だからでしょーっ! と叫ばれたのは記憶に新しい。
遥は一際荘厳な雰囲気を漂わせる建物に連れていかれて、宝条はブラウンを基調とした扉の前に立ってノックした。


「理事長。転校生の緒方遥君を連れてきました」
「どうぞ」


中から親友の声が聞こえた。
宝条は失礼します、と扉を開けて遥を部屋に入れる。
遥は中に居る人物を見て、ビン底眼鏡の奥で目を瞬かせた。
そこにはズビズビと鼻を啜りながら泣いていた親友でも、へらへらと敢えて空気を読まない親友でもなく。
上品なスーツに身を包んだ、いかにも高貴な雰囲気の一ノ宮忍──一ノ宮学園の理事長がいた。
忍は宝条に笑い掛ける。


「じゃあ宝条君。外で少し待っていてくれるかな?」
「分かりました」


宝条は頭を下げて退室した。
ガチャン、と扉が完全に閉まる音がした途端。


「っ、ハァァルゥゥウ!!」
「いきなり抱きつくな、シノ」


高貴オーラを霧散させた忍が、いつものように遥に抱きついた。
遥はそう言いながらも忍の頭を撫でてやる。


「ねー、どうだった!? 俺の理事長モードっ」
「いつもと違って驚いた」
「でしょ? 俺、ちゃんと頑張ってるんだよー」


へらっ、と得意げ笑う忍の頭を、髪型が崩れない程度に撫でてやる遥。
遥は勧められてソファーに座り、忍はテーブルを挟んだ向かい側のソファーに座る。


「ハル、やっぱり制服似合うねー」
「それはファッションとして褒めてんのか? それとも俺の童顔を揶揄ってんのか?」
「褒めてます、純粋に!!」


ばっ、と慌てたように両腕で顔をガードしながら叫ぶ忍に、そりゃどうも、とすまし顔で口にする。
殴ってくる気配のない遥に、ほっと息をついて本題に入る。


「取り敢えず、第一印象としてどうかな? 一ノ宮学園」
「なかなか良いと思うぞ。ただ庶民の俺からしたら土地が広くて迷いそうになるな」
「まぁ、それはねぇ、仕方ないかなー。金持ちの象徴みたいなものだし」
「そう言えば、門の管理人の…」
「斎藤さん?」
「あぁ。あの人は良い人だと思う。俺らより一つ歳上だが、しっかりと自分の意見も言えるし、何より気遣いが出来る。きっとお前の助けにもなってくれるだろ」
「……ふぅん」


理事長という初めての大仕事に対する忍の不安を取り除こうと口にした言葉に、予想外にも忍は薄い反応だった。
遥が忍を怪訝そうに見ると、忍は少しだけ頬を膨らませている。


「何を拗ねてるんだ、お前は」
「…心中複雑なだけー」
「? まぁ、良い。シノ、もう一度確認事項を言ってくれ」


遥がそう言うと、まだ少し唇を尖らせながらも忍は大きい茶封筒から資料を取り出した。


「えーっと、ハルの役目は一ノ宮学園の内情を探って俺に伝えること」
「メール、電話、書面、どれが良い?」
「どれでも良いよー。ただ盗聴とかハッキングとか気を付けてね」


ハッキングって…と呆れそうになったが、もしかしたらお偉いさんの御子息が多く通う一ノ宮学園では有り得ることなのかもしれない。
そう思い直して、遥は頷く。
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