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第二章

管理人の男は何処かに電話していたようで、電話を切ると此方に戻ってきた。


「迎えを頼んだ。もうすぐ来るはずだから、ちょっと待ってろ」
「ありがとうございます」


何から何までやってくれた管理人に、軽く頭を下げる。
するとその管理人は目を瞬かせた。
そのどこか驚いたような様子に、遥は首を傾げる。


「何か?」
「いや…緒方君みたいに俺に礼を言ったり頭下げたりする生徒あんま見たことないから、驚いた」
「何かしてもらったら、礼を言うのが当たり前でしょう」


そんなの、幼稚園児でも知ってる。
しかし管理人は肩をすくめた。


「その『当たり前』が出来ないのが、この学園の坊っちゃん達なんだよ」
「…そうなんですか」
「幼等部からここにいるから、常識無い奴が多いんだよなー…。あ、俺は門の管理してる斎藤正広。実家は一般家庭とあまり変わらない」
「改めて、俺は緒方遥。実家は一般家庭。慣れないことが多く斎藤さんには迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。…何か、緒方君を相手にしてると、社会人と喋ってる気になるわ」


握手を交わすと、管理人──斎藤は笑ってそう言った。
社会人…まぁ確かに、シノから頼まれなきゃ社会人一年生だからな。
礼儀ぐらいは身に付けているつもりだ。


「斎藤さんはいくつなんですか?」
「俺は二十四。親父が元々ここやってたんだけど、腰痛がキツいっつって俺に頼んできてな。だから門の管理は二年目だ」


シノも父親からこの学園任されたし、ミキも父親の喫茶店継いでるし、親のを継ぐってのが多いのか。
遥の実家は一般家庭でその上おっとりしているので、遥が何をしようがあまり気にしない。
忍と幹彦と三人でヤンチャしていた中学高校時代も、超エリート大学に合格した時も、トップで卒業した時も、ほわほわと微笑んでいただけだった。
しかし、斎藤さんは二十四才なのか…ということは俺の二つ年上だ。
歳も近いことで親近感を持つ。


「いやー、でも門を飛び越えるかって聞こえてきた時にはびっくりしちゃったよ。そんなん無理だろ」
「? 出来ますよ、それぐらい」
「…君、オタクな風貌に似合わずアグレッシブだね…」


ん、普通は出来ないのか。
あれぐらいだったら、近くの木とか壁とかを使えば簡単だろうに。
遥は事も無げに言うが、それは身体能力の秀でた遥だからこそであって、忍や幹彦ですら難しいことだ。
もっともこの二人にも、出来ないことではないが。
斎藤はそろそろかな、と呟いて遥に向き直る。


「緒方君」
「はい」
「もし何かあったら、相談しに来いよ? まぁ、俺は結構暇だから用事なくても来て良いけどさ」


斎藤の遥に向けられる優しさと、忍の不安の一端を払拭出来そうな安堵で、自然と笑みが溢れた。
シノ、お前は心配しすぎなのかもしれないぞ。
少なくとも、お前の味方になってくれそうな人が一人はいるみたいだ。


「ありがとうございます、斎藤さん」
「っ……、俺…この学園の風潮に染まってないと思ったのに…!」
「斎藤さん?」
「笑うと可愛いだなんて…緒方君をオタクだからって嘗めてたよ…」


はぁ、と遥が曖昧に相槌を打つ。
別に容姿がアレなだけで、オタクではないのだが。
その時、コンコンと扉が叩かれた。


「迎え、来たみたいだな」


立ち上がった斎藤の後ろについて行き、斎藤が扉を開くと外には青年がいた。
斎藤の後ろからその青年を見て、遥は内心感嘆の息を吐く。
こんな綺麗な立ち姿の高校生には、初めてお目にかかったかもしれない。
何と言うか、華道とか茶道とかしてそうだ。
その青年はにこりと口元に笑みを浮かべた。


「こんにちは。転校生を迎えに来ました」
「あぁ、後は頼んだ。またな、緒方君」
「はい。色々とありがとうございました、斎藤さん」


頭を下げる遥に、斎藤はヒラヒラと手を振った。
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